日本の医療業界は現在、深刻な人材不足に直面しています。
少子高齢化の進展により、労働力は減少する一方で医療需要は増加しています。
令和4年版 厚生労働白書によると、
2040年には医療・福祉分野で約100万人の人材不足が生じる可能性も指摘されています。
特に看護職員や医療専門職は資格職のため、 すぐに人材を増やせないという特徴があり、
市場で人が足りなくなっても短期間で供給を増やすことができません。
その結果、人材の取り合いが起きやすくなります。
こうした状況の中で、多くの医療機関が頼らざるを得ないのが人材の紹介や派遣サービスです。
紹介や派遣のサービスを利用しての採用人数が増えるほど、コストも膨らんでいきます。
日本医師会の発表「令和7年 病院の緊急経営調査―令和5年度、6年度実態報告―」によると、
病院が人材紹介会社に支払う手数料は増加傾向にあり、
100床当たりでは令和5年度から6年度にかけて7.9%上昇しています。
特に医療法人では負担が大きく、令和6年度には100床当たり平均843.5万円にも達しており、
その負担は決して小さくありません。
このように、採用コストの上昇は一時的なものではなく、構造的に続く課題です。
そしてこのコスト増は、病院経営を確実に圧迫していく要因となっています。
人手不足に直面したとき、多くの組織がまず考えるのは「採用の強化」です。
確かに短期的には有効ですが、採用だけで解決しようとすると、
結果的にコストが膨らみ続ける可能性があります。
慢性的に人手が不足している職場では、既存スタッフの業務負担が増加します。
業務量の増加は、疲労やストレスの蓄積を招き、モチベーションや満足度の低下につながります。
さらに退職者が出た場合、その業務は残ったスタッフで一時的に補わざるを得ません。
現在は売り手市場のため、欠員をすぐに埋められるとは限らず、現場の負担は一層大きくなります。
こうした状況が続くと、不満や疲弊が蓄積し、さらなる離職を招く恐れがあります。
その結果、人手不足 → 業務負担増 → 離職 → 再採用 → 採用コスト増
という負のスパイラルに陥ってしまいます。
さらに、職員の疲弊は医療サービスの質にも影響を及ぼします。
インシデントリスクの増加や患者対応の質の低下を招き、患者満足度の低下ひいては
医療機関としての評価や経営にも影響が及びかねません。
つまり、採用だけに頼った人材対策では、
現場の負担だけでなく、医療の質や経営にまで悪影響が広がる可能性があるのです。
厚生労働省では、医療従事者の勤務環境を改善する、つまり、「雇用の質」を上げれば
医療の質が向上し、患者の満足度も向上することにより、経営も安定化する、としています。
雇用の質とは何か?
雇用の質とは、単に給与や待遇だけを指すものではありません。
職員一人ひとりが、
といった環境が整っていることを意味します。
こうした環境が整うと、職員のエンゲージメントは高まり、組織への定着率が向上します。
離職が減れば、新たな採用の必要性も減り、結果として採用コストは抑えられます。
加えて、多くの組織で共通しているのは、「人が辞めにくい職場は、採用も強い」ということです。
働きやすい環境は、職員同士の紹介や口コミを生み、新たな人材が集まりやすい職場にもなります。
つまり、雇用の質を高めることは、人材確保の根本的な解決策にもつながるのです。
厚生労働省が示す通り、医療従事者の勤務環境を改善することは、
医療の質や患者満足度の向上につながる重要な要素とされています。
雇用の質が高まると、病院経営には他にもさまざまな好影響が生まれます。
経験を積んだスタッフが長く働けばベテラン職員が数多く育ち、
現場のスキルやノウハウが蓄積され、医療の質が高まります。
チームの連携が安定し、余裕を持って業務にあたる事ができるようになるため医療の質が高まり、
スタッフの疲弊や人手不足のために発生しうるインシデントリスクが減ります。
丁寧な対応や安全で安定したサービス提供により医療の質が向上すれば、患者満足度も自然と高まり、
口コミや紹介が増えて地域から選ばれる存在となり、経営の安定にもつながります。
つまり、
雇用の質の向上 → 医療の質の向上 → 患者満足度の向上 → 経営の安定
という好循環が生まれるのです。
※厚生労働省のHPより転載
採用コストの増大に悩まされる状態から脱し、経営の安定化を実現できたとき、
病院にはどのような変化が生まれるのでしょうか。
まず大きいのは、「守り」ではなく「攻め」の経営ができるようになる点です。
これまで人件費や採用コストに追われていた状況から解放されることで、
設備投資や教育投資、新たな医療サービスの導入など、将来に向けた前向きな投資が可能になります。
また、職員に対してもより良い還元ができるようになります。
処遇改善や働きやすい環境づくりへの再投資が進むことで、さらに雇用の質が高まり、
組織のエンゲージメントは一層強化されていきます。
その結果、優秀な人材が自然と集まり、定着し、組織としての力が高まっていきます。
現場には余裕が生まれ、医療の質はさらに向上し、
患者や地域からの信頼もより強固なものになります。
こうした状態は、一時的な成果ではなく、持続的に成長し続ける“強い組織”の姿です。
つまり、採用コストに追われる経営から脱却し、雇用の質を起点とした好循環を実現できた先には、
「選ばれ続ける医療機関」へと進化する未来が広がっているのです。
人材不足が進む現代において、採用だけに頼る経営には限界があります。
だからこそ、これからの病院経営では「人が働き続けられる環境づくり」がますます重要になります。
採用コストの増大という課題に直面している今こそ、
「採ること」から「働き続けられる環境をつくること」へと転換するタイミングなのかもしれません。