人生100年時代と呼ばれる時代。100歳を超える方の人口が、2050年には50万人を突破すると言われています。政府は2017年から「人生100年時代構想会議」(1)をスタートし、「予防・健康づくり」の強化と健康寿命延伸に対する取り組みを推進しています。その中で重要視されている取り組みの一つに「介護予防・フレイル対策」があります。
これは、増え続ける高齢者のフレイル問題や、コロナ外出制限などの影響で加速した高齢者の体力低下、年々増大していく社会保障費問題に対し、予防という観点からアプローチを行おうと言う取り組みです。この介護予防・フレイル対策は、「食」「運動」「社会参加」の3本柱と言われています(2
)。本項ではそのうち「食」「運動」という2つの軸について、また「2軸が交わること」の大切さについて、詳しく解説していきます。
皆さんは、患者さんの栄養状態について、意識をしたことがありますか?満足に栄養摂取ができていない状態にも関わらず、「リハビリを頑張りましょう」と声かけをしたりしていませんか?それは、ガソリンがほとんど入っていない車で旅行に出掛けようとするのと同じで、患者さんにとってリスクしかありません。
フレイルを予防したり、身体の回復力を最大限に高めるためには、食事摂取量や栄養状態に見合った運動やリハビリを提供すること、また、栄養状態をより高める施策を講じていく事で、ことが大切です。100年以上の人生を、より豊かに、より幸せに過ごすためのサポートができるように、食と運動に関する正しい知識を身につけて実践していきましょう。
100歳以上の国内人口は、1963年には153人でした。その後順調に日本国民の長寿化が進み、1998年には1万人、2020年には8万人を突破しました(3)。厚生省の見通しでは、2030年には20万人、2050年には50万人を突破すると言われています。
また2021年のデータでは、105歳以上の国内人口は、女性が921人、男性が198人となっており、今後も長寿化が進んでいくことが予想されます。
経済産業省 未来イノベーションワーキンググループ 2019年3月19日:中間取りまとめ資料
長寿化が進むことは素敵なことです。しかし、講演会などで地域高齢者と話をしていると「100年も気力がもたないわ」「そろそろお迎えが来て欲しいんだけど...」とおっしゃる方も、決して少なくありません。そこには、平均寿命と健康寿命の乖離が少なからず影響しているようです。
平均寿命とは、厚生労働省が「簡易生命表」で発信しているもので、0歳の人の平均余命のことを言います。具体的に言うと、2020年の女性の平均寿命が87.74歳とされているので、2020年に生まれた人は2107年まで平均的に生きるということになります。それに対して健康寿命とは、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間のことを指します。
2016年の厚生労働省の報告では、平均寿命と健康寿命の乖離について、女性は約13年間、男性は約5年間の乖離があるとされています。人生の最期まで、心身ともに自立して健康的に生活していくことが、とても難しいということが示唆されています。
フレイルとは、生活に不自由のない「健康な状態」と、他者のサポートや補助具が必要な「要介護状態」の狭間である状態のことを指します。フレイルには、筋力低下だけでなく、認知症や鬱状態などの精神的要素、ひきこもりや孤独などの社会的要素も含まれます。
2018年11月14日 厚生労働省 第115回社会保障審議会医療保険部会 参考資料
「フレイル」の早期発見・予防は、健康寿命を延伸するために重要な要素となっており、上図は未来投資会議の資料にも示されているように、国家戦略の中核にも挙げられています。
フレイルの早期発見・予防には、食事と口腔機能を維持し(栄養)、意識的に身体を動かし(身体活動)、社会とのつながりをできるだけ多く持つ(社会参加)ことが大切です。
ここからは、フレイルを予防するために大切な「食(栄養)」と「運動(リハビリ)」の2軸について、そしてその2軸が交わることの大切さについて、詳しく解説していきます。
前述した通り、フレイルを予防するためには、早期発見・予防が重要です。フレイルの評価は、「筋肉量」「栄養」「運動」「口腔機能」「社会性・こころ」の項目があり、多角的にチェックをすることが大切です。具体的な手法を以下にいくつかご紹介します。
・「指輪っかテスト」(5) ・「イレブンチェック」 ⇨東京大学高齢社会総合研究機構(6)で考案された、フレイルの総合的なチェック方法
・「体組成計」 ⇨定期的に体重や筋肉量などをチェックすることはとても大切です。TANITAやIn Body、Secaなどの会社が手掛ける体組成計がよく使われています。In BodyのS10・S20というシリーズなどは、寝たままでも体組成が測定できます。
・栄養状態のスクリーニング質問紙 「MNA(Mini Nutritional Assessment)」(7) ⇨ネスレヘルスサイエンスが紹介している評価表 「SGA(Subjective Global Assessment)」 ⇨国内の臨床現場でよく使われている栄養状態スクリーニングシート ・「身体機能評価 SPPB(Short Physical Performance Battery)」(8) バランステストと歩行テスト、椅子立ち上がりテストから総合的に身体機能を評価できる |
他にも多くのチェック・評価方法がありますが、本項ではその中でもメジャーでわかりやすいものを取り上げました。特に「指輪っかテスト」は、どこでも誰でも実施できる評価で、筆者も講演会や地域事業の際に愛用しています。医療従事者の皆さんも、患者さんだけでなく、ご自身のチェックも定期的に実施してみてください。知らないうちに、あなたの下腿は細くなってしまっているかもしれません。
上記のような評価は、一回だけ行う「点」でのチェックだけでなく、3ヶ月〜半年毎に定期的に実施、「線」として定期的に評価をすることが大切です。いち早く変化に気づき、フレイル進行の芽を摘んでいくことが叶います。指輪っかテストだけでも良いので、患者さんの経過を観察するようにしてみてください、きっと新しい知見が得られるはずです。
また臨床現場では、各種評価をじっくり実施することが叶わない場合もあります。そのような現場で大切なことは、「視診・問診・触診」や「筋力チェック」を怠らないことだと考えます。主観的評価と客観的評価を掛け合わせて、患者さんの変化をしっかりとモニタリングしていきましょう。
指輪っかテストの結果はいかがでしたか?本来は利き足でない側をチェックするテストですが、左右差がないか、力を入れた時の左右差が明らかに異なっていないかなどをチェックすると、さらに有益な情報が得られます。大腿部や下腿が細くなったと「実感」する頃には、筋肉量が相当量低下しています。指輪っかテストで隙間ができた方には、ぜひ以下に紹介する運動をお勧めしていただき、3ヶ月毎に経過を観察してみてください。
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①足を組んで、踵の上げ下げ 左右10回 |
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②空気椅子(静止スクワット) 20秒 |
③そのまま踵の上げ下げ20回 |
医療従事者の方でも、運動というとウォーキングやジョギング、筋トレを想像する方が多いのではないでしょうか?日常生活の中で、少しの時間「スクワットをする」「踵上げをする」といったボリュームでも、立派な運動になり、筋肉はしっかりと刺激されます。 頑張って運動を続けようとすると長続きしないものですが、日常生活の動作に簡単な運動を組み込むことで、継続率が向上する場合があります。例えば、「歯磨きをしながら空気椅子を30秒間実施する」「テレビをみながら踵上げをする」など、気づいた時に実施するだけで構いません。
例えば、踵上げを毎日20回実施すれば、年間で約7000回強、10年間で約7万回実施することになります。10年後のふくらはぎの力強さや太さは、全く違ったものになることが容易に想像できるでしょう。人生100年時代に運動習慣を継続するには、日常生活に落とし込んだ運動を提案してみてください。
フレイル予防でもっとも大切なのは、低栄養の状態に陥らないことです。筆者はこれまで、急性期から療養病棟まで幅広くリハビリに携わってきました。年を重ねるほど、体重(骨格筋肉量)が一度減少してしまうと、元の体重に戻らなかったり、体重を増量するために多大な労力が必要になるケースが多いです。その背景として、高齢になるにつれて、食事摂取量が少なくなる方が多いことがあげられます。また、咀嚼機能や内蔵機能の衰えに起因する「消化・吸収力の低下」なども関与しています。厚生労働省は「65歳を過ぎて病気でもないのにやせてきたら、メタボ予防からフレイル予防への切り替えどきかもしれません (9)」とし、高齢期での体重減少に警鐘を鳴らしています。
大腿骨頸部骨折術後、回復期病棟のリハビリと在宅での訪問リハビリを担当したケースについて解説します。
85歳女性 入院時体重:28kg BMI:14 入院中の食事摂取量は7割程度、リハビリも順調に進み、屋内は杖歩行自立で退院。退院後は社会資源を使いながら在宅生活を継続。食事摂取量は安定せず体重は28kgのまま推移していました。 身体機能やADLは少しずつ向上し、ご本人の希望であった屋外歩行・外出も視野に入ってきました。しかしあるとき体調を崩してしまい、2週間自宅で静養、その後歩行状態が急激に悪化して屋内でも歩行器が必要な歩行レベルとなってしまいました。その後結局、ご希望であった屋外歩行のゴールには、到達することが叶いませんでした。 |
もし退院後の栄養管理がしっかりできていたら、入院中から体重増量が図れていたら、入院前の栄養状態が悪くなければ、この方の人生はより豊かなものであったかもしれません。
このように、フレイル予防と栄養の関係はとても密接で重要なのです。人生100年時代を、怪我なくトラブルなく過ごしていくことは至難の業です。何かトラブルがあったとしても直ぐにリカバリーが出来るように、我々医療従事者は栄養状態を高めるサポートもしっかりと心がけていきましょう。
<栄養状態を評価するときに必ず確認したい3つのポイント>
・1日3食以上食べているか ・ここ半年の間に体重が5%以上低下していないか? ・フレイルの兆候は出ていないか?(触診や指輪っかテスト) |
上記のポイントだけでも、日々のアセスメントに加えてみてください。
身体に蓄えられた筋肉や脂肪は、生命維持や免疫力・治癒力を発揮するためのエネルギー源です。
たんぱく質は、その大切な筋肉の原料であるだけでなく、臓器や髪の毛、皮膚などの構成していたり、血液やホルモンの原料です。慢性的にたんぱく質の摂取量が不足してしまうと、筋肉量が低下するだけでなく、免疫力の低下や臓器の機能低下に繋がる場合もあります。
フレイル予防に必要な1日のたんぱく質摂取量について、体重1kgあたり1.2~1.5gの摂取が望ましいという報告もあります(10)。体重50kgの方で、たんぱく質60g〜75g程度の摂取量が推奨されます。例えば、牛肉100gには15g程度のたんぱく質が含まれます。よって、仮に牛肉だけでたんぱく質を補うと考えた場合、400gの摂取が望ましいということになります。
*たんぱく質は、摂取量が多すぎると腎臓などの臓器にダメージを蓄積させる場合があります。たんぱく質は、不足も過剰も身体に悪影響を及ぼすことを念頭に、アドバイスを実施してください。
年を重ねると共に、粗食化したり、1日2食という生活スタイルの方も多くなり、エネルギーやたんぱく質不足が生じるケースが増えてきます。たとえ食事内容を見直したとしても、それを継続することがとても難しいと仰る方があとを絶ちません。そんな時には、たんぱく質が豊富な食材の「プラスワン」をお勧めしましょう。
例えば、朝食がご飯と味噌汁だけというケースでは、ご飯に冷凍しらすをかけたり、味噌汁に豆腐と油揚げ、可能であれば冷凍小分けの豚肉を追加したりするだけでも、エネルギーもたんぱく質も摂取量が飛躍的に高まります。普段の食事に「プラスワン」だけすることで、なるべく手間をかけず、食事に対する負担感を抑制することも大切です。
ここまででお伝えした通り、運動と栄養がマッチングすることで、その効果は最大限に高まります。逆に低栄養状態のまま運動を頑張り続けても、身体機能の改善は限定的となります。この2つの軸が交わることで、人生100年時代をより健康的に、より活きいきと暮らしていく下地が整います。ぜひ医療従事者の皆さんには、本項で紹介したチェックを一つでも良いので、患者さんに実施していただけたら嬉しく思います。
運動と栄養に加えてフレイル予防に効果的だと言われているのが「社会活動」です。サークルやボランティア活動に参加し、外出頻度を増やすことは、高いフレイル予防効果が期待されてます。厚生労働省は、そのような活動の場を増やすために「地域の通い場政策」を進めており、2021年現在で全国10万箇所を突破しています(11)。
近年では、疾病予防や介護予防を担う地域の通い場を提供する民間企業も増えてきています。筆者が運営するBALENAでは、地域自治体と協業しながら、食・運動・社会参加の3本柱でフレイルを予防する取り組みを実現しています。今後このような取り組みを進める企業・団体が増加し、国民の健康長寿を末長く支援する仕組みが更に発展していくことを願っています。
Epigno Journal では、これからの医療を支えるTipsを紹介しています。また、メールマガジンにて最新記事のお届けをしています。右記フォームより、お気軽にご登録ください。
(1)人生100年時代構想会議
(2)平成24年度厚生労働科学研究費補助金 長寿科学総合研究事業「地域・在宅高齢者における摂食 嚥下・栄養障害に関する研究 「横須賀・三浦地域在宅療養高齢者における摂食嚥下・栄養障害と 健康障害ならびに在宅非継続性と関連」分担研究報告書概要(3)厚生労働省プレスリリース 百歳高齢者表彰の対象者は43,633人
(4)田中弥生.栄養管理の実際.日呼ケアリハ学誌.2015;25(3),345- 349.
(5)指輪っかテスト 平成27年度 老人保健健康増進事業等補助金老人保健健康増進等事業 口腔機能・栄養・運動・社会参加を総合化した複合型健康増進プログラムを用いての新たな健康づくり市民サポーター養成研修マニュアルの考案と検証(地域サロンを活用したモデル構築)を目的とした研究事業
フレイル予防ハンドブックより
(8)J M Guralnik, E M Simonsick, L Ferrucci, et al. A short physical performance battery assessing lower extremity function: association with self-reported disability and prediction of mortality and nursing home admission. J Gerontol. 1994 Mar;49(2): M85-94.
(9)健康日本21
(10)厚生労働省 食べて元気にフレイル予防
(11)DIAMOND onlin 介護予防の救世主?「通いの場」をめぐる調査の杜撰すぎる実態