LGBTQ(性的マイノリティ)の人々は日本の人口の3-10%程度と言われており、日々の診療やケアで必ず出会う存在です。LGBTQの人々は社会的な差別や偏見、無理解に晒され、メンタルヘルス、性感染症、貧困、社会的孤立などさまざまな健康に関する課題を抱えやすいことが知られています。
この原因には医療・介護従事者の対応にも影響されていることをご存知でしょうか? こうした現状を理解しながら、全ての人にもやさしい医療機関を目指すために、みなさんに知っていただきたいことをお伝えします。
*性の多様性の基礎知識・医療現場でのLGBTQの現状と課題については「管理職が理解するLGBTQとダイバーシティ−知識編」をご覧ください。
みなさんは健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health)という言葉を知っていますか?
これは個人または集団の健康状態には経済的・社会的な状況が影響していることを表す言葉です。学歴や労働条件、所得、出身地、ジェンダー、国籍、人種など、さまざまな要因が健康に影響していると言われています。
どんな性を好きになるか(性的指向)、自分をどんな性だと思うか(性自認)といったセクシュアリティも、この健康の社会的決定要因の一つと言われているのです。
一つの例から考えてみましょう。性的マイノリティの人々は、そうでない方と比較して自殺率が高いと言われています。その原因はどのようなことが考えられますか?人によってはLGBTQの人が悩みを抱えることは本人の問題と考える人もいるかもしれません。果たして本当にそうでしょうか。
ここでは「スティグマ」という言葉を通して考えてみたいと思います。「スティグマ」とはもともと「烙印」といった意味を持ち、その人の持つ属性に付けられるネガティブなレッテルを指します。こうしたスティグマはどのように人々の中で広がっていくのでしょうか。
「LGBTQは病気・治療できる」「個人の嗜好である」といったような誤った偏見(知識レベルのスティグマ)が実際に存在していますが、それに人々が触れると、LGBTQの人への偏見や心理的な抵抗感といった態度に現れ、実際にLGBTQの人々にはサービスを提供しない、ケアを拒否するなどの行動に移す場合もあるでしょう。
もちろん、当事者自身にもスティグマがあります。メディアや周囲からの情報で「LGBTQについて多くの人が偏見を持っている」「LGBTQであることは嘲笑の対象になる」といったスティグマを認識し、実際に日常生活で差別を受ける経験もあります。
こうした経験を日々重ねていくと「また差別を受けるのではないか」という不安(予期するスティグマ)が生まれ、やがて「差別をされる自分は生きる価値がない」「社会に認められない存在だ」といった内面化されたスティグマを抱えるようになります。
こうしたプロセスの中でLGBTQの人々は自己肯定感が奪われ、抑うつや不安を抱えてメンタルヘルスを悪化させ、自殺につながる場合があるのです。さて、こうした背景を考えたときに、果たしてLGBTQ当事者が自殺をしたら、本人のみの問題だといえるでしょうか?
これらの個人が抱えるスティグマの背景には、社会構造レベルのスティグマが存在しています。
現在の日本社会でいえば、LGBTQの人々が「『伝統的な家族規範』から除外されている」、「同性婚(婚姻の平等)が保証されない」、「同性パートナーの存在が国家レベルでは認知されていない」、「LGBTQの差別禁止が法的に保証されない」といった制度に組み込まれた構造化されたスティグマが影響している場合があります。
自殺の問題のみでなく、LGBTQが抱える健康問題はその多くが社会に根付いたスティグマが影響していることが非常に多いといわれています。そして、医療・介護従事者ももちろん社会の一個人として大きく影響を受け、時に無意識な差別や偏見を持ってしまうことがあります。
セクシュアルマイノリティであることは健康の社会的決定要因の一つであることを認識し、私たち医療者の知識や態度が、その人たちのの健康に影響することがあることを自覚しながら、日々のケアに関わる必要があるのです。
そもそも性的指向・性自認の問題は医療においてどのように扱われてきたのでしょうか。
同性愛については、アメリカ精神医学会が発行する国際的な精神疾患の診断基準であるDSM-Ⅱで初めて精神疾患であると定義されました。その後、様々な当事者運動の中で1987年のDSM-Ⅲ-Rにて削除(脱精神病理化)されました。1990年にはWHOが作成する国際疾病分類であるICD-10からも削除され、WHOが「同性愛はいかなる意味でも治療の対象とならない」と宣言、1995年に日本精神医学会もWHOの見解を尊重すると表明しています。
対して性自認については、1980年にはDSM-Ⅲで「性同一性障害」という疾患として掲載されました。その後「障害」とすることに反対する当事者運動が高まり、2013年DSM-5で性別違和として脱障害化がされています。ICD-10では「精神及び行動の障害」に含まれていたものが、2018年にICD-11にて「性別不合」として「性の健康に関する状態」というカテゴリーとなり(脱精神病理化)、2022年から運用が開始されています。
かつては性的指向をマジョリティに合わせることを目的とした転向療法(conversion therapy)としてカウンセリングや外科的処置が行われていた時代がありました。しかし、科学的なエビデンスが乏しい中で、少なくとも性的指向・性自認を「変えた」という根拠は存在せず、むしろ抑うつ、不安、自殺の増加といった副作用があったことが報告されています。
このように性的指向や性自認を変更しようとする行為に科学的根拠は全く存在せず、そのものが「治療」の対象にはならないということも含めて医療者は正確に理解をする必要があります。もちろんトランスジェンダーの方で医療を要する方はいるわけですが、性別異和・性別不合に対する治療は性自認そのものを治療対象とするのではなく、性別の違和感に伴う精神的苦痛を治療対象として性別適合を行う、ということに注意が必要です。
LGBTQの人々と医療との関わりについて、ここまでたくさんの知識をお伝えしてきました。それでは、実際に自分の働く現場でどうしたらいいのだろうと思う方もいるかもしれません。ここでは7つの実践を通して明日からできる方法についてお伝えします。
地域のLGBTQの支援団体のポスターやパンフレット、レインボーフラッグやバッジなどを待合室や施設内に掲示することで、LGBTQ患者さんもケアすることを示すことができます。また、多目的トイレをだれでもトイレ(オールジェンダートイレ)として掲示を変更することで、障がいのある方のみでなく、さまざまなジェンダーの人が使いやすいようにすることができます。
だれでもトイレのモチーフの例(https://www.nijiirodoctors.com/productsからダウンロード可能)
同意書や問診票について、性別を男・女から選択する形にしていないでしょうか? 性別欄を自由記載とする、性別を聞く必要がないものは削除することも考えられます。こうした書類は医療機関・施設に関わる始めに書くことも多く、こうした配慮から施設がLGBTQにフレンドリーであることを利用者に伝えることできます。
「夫/妻」「彼氏/彼女」といったジェンダーを規定するような言葉は控え、「パートナー/配偶者」といったジェンダーにとらわれない言葉を使用しましょう。ケアの場面に同席している人の関係性を勝手に類推せず「ご本人とはどのようなご関係ですか?」とオープンに聞くことも大切です。また、子供(特に思春期)に対して「くん」「ちゃん」といった呼び方は相手のジェンダーを規定してしまうため「さん」を使う、あるいは本人が呼んでほしい言葉を確認することも重要です。
「アライ」という言葉を知っていますか?「アライ(Ally)」とは「同盟」を意味し、LGBTQの理解者・支援者を意味する言葉として使われます。レインボーのモチーフや、言葉でアライであることを伝えることができます。より良いケアのためには患者さん・利用者さんと話し合い、時にフィードバックを求める姿勢が大切です。
LGBTQの支援を表す6色の虹のモチーフを使用したアライバッジ
「カミングアウト」とはセクシュアリティについて他者に打ち明けることを言います。医療・介護従事者はその仕事の特徴から患者・利用者のセクシュアリティを知ること(カミングアウトを受けること)が多い職業です。医療・介護従事者を信頼して話していることについて、批判的ではない姿勢で耳を傾けてほしいと思います。
また、知り得た情報について「アウティングしない」ことに注意が必要です。「アウティング」とは当人の許可なく勝手にセクシュアリティを他者に伝えてしまうことを指します。カンファレンスや休憩室などで、当人の許可なくセクシュアリティを伝えることはアウティングにつながる可能性があります。業務上必要な場合に共有することがあるならば、どの範囲で伝えるのかといったことについて事前に本人と話し合っておくことが重要です。
LGBTQの人々は様々な健康問題を抱えやすい(健康リスクがある)一方で、LGBTQであることが必ずしも何らかの健康問題を抱えていることを意味しません。相談内容や困りごとがなんでもセクシュアリティに関連していると決めつけてしまうことも望ましくありません。医療者個人の抱えるバイアスにも注意することが必要です。これは「クリニカル・バイアス」と呼ばれ、医療者個人の抱える嫌悪感や偏見が実際の患者の診療内容に影響を与えることをいいます。
LGBTQに対する考えや受け止め方は人それぞれです。陰性感情を時に抱いたとしても、それ自体は責められるものでもありません。しかし、ケアに関わる仕事をする者として、個人の心情や感情がケアそのものに影響することは避けなければいけません。ふとネガティブな気持ちが生まれたとき、自分自身のバイアスにも気を配りながらケアできることが望ましいです。
セクシュアリティによって患者や利用者が持つ様々な健康リスクや健康問題、ケアへのニーズに対して適切な支援ができることが望ましいです。
たとえば性的にアクティブなゲイ・バイセクシュアル男性はHIVをはじめとした性感染症のリスクに注意が必要ですし、トランスジェンダーの方には性別適合に関わる様々な生活上の配慮が必要な場合があります。こうした個々のセクシュアリティにおける健康課題については成書も参考にしていただきながら、少しずつ実践につなげていただけたらと思います。
いかがでしたでしょうか?たくさんの情報に圧倒されてしまう方もいるかもしれません。それでも、こうして最後までお読みいただけていること、関心を持ってくださることが、みなさんが「アライ」であることの証明だと思います。
「性のあり方」は個人ひとりひとりが持っている見えない要素です。医療や介護の現場でLGBTQに配慮することは、人が持つ見えない要素を想像し、相手の立場に立ってケアに関わるという、原点に立ち返ったケアそのものだと思います。そして、これは全ての人のケアに関わる大切なことです。みなさんもぜひ日々の実践で考え、患者さんや利用者さん、周囲のスタッフにも伝えてほしいと思います。
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