食事や栄養は、私たちの生命を維持するうえで無くてはならないものです。闘病中の患者さんにとって、栄養状態を良好に保つことは、回復の促進、合併症予防、体力維持のために大きな役割を果たします。また食事は、人間の生活の楽しみでもあります。治療中でも「おいしい」と感じながら食べることは、患者さんの生活の質を高めるうえで重要です(1)。
近年、患者さんの高齢化や生活習慣病の増加に伴い、栄養管理の専門的な介入が必要とされるようになりました(2)。2010年には栄養サポートチーム加算が新設され、栄養サポートチーム(以下NST)の普及や効果が、医療の一端を担うものとして認められています(3)。さらに2020年(令和2年)の診療報酬改定では、回復期以降だけではなく集中治療室のような超急性期医療の提供現場にも早期栄養介入管理加算が新設され、より栄養サポートの拡充を示すものとなりました。
「食」に関するチームアプローチは、患者さんの回復を促進するだけではなく、一人ひとりの生活に寄り添った支援を可能にすることが期待されます。
NSTとは、Nutrition Support Teamの略です。多職種が協働して患者さんの栄養管理を実施し、「食」を支援するチームのことを指します。対象は、栄養状態が悪い、もしくは悪化のリスクがある患者さんです。具体的には、経口摂取ができない、何らかの原因で食欲低下がある、栄養過多がある、などの状態を指します。
NSTの目的は、適切な栄養管理により患者さんの全身状態の改善と治癒の促進、合併症予防をすることです。それに加えて、患者さんの生活に合った食生活の支援も行います。結果として在院日数が短縮し、患者さんのADLやQOLの維持・向上、病院のコスト削減にも繋がります。
NSTのはじまりはアメリカです。1968年にS. T. Durickが中心静脈栄養(Total Parenteral Nuturition、以下、TPN)を開発したことにより、これまで経口摂取が難しく、栄養障害をきたしていた多くの患者さんを救いました。TPNの普及に伴い、医師をサポートするコメディカルスタッフの需要が高まりました。栄養管理や輸液管理などをそれぞれの専門職種が担当し、チームとして連携するようになったことで、現在のNSTへ発展してきました(4)。
日本でNSTが普及し始めたのは1998年。アメリカではTPNを主としてNSTが発展していったのとは異なり、日本の栄養管理は、静脈・経腸・経口すべてを一貫していることが特徴です。栄養障害のある患者さんだけでなく、潜在的にリスクを持っている患者さんまでをも見落とさない点が、日本独自のポイントとなっています(4)。
NSTの活動は、まず入院診療計画書の作成時に、患者さん全員の栄養状態をスクリーニングし、介入の必要がある人をピックアップすることから始まります。介入の必要があると判断された場合には栄養管理計画書を作成します。
次に行うのが患者さんの栄養状況の評価、食事内容や点滴・経管栄養の検討(栄養アセスメント)。その後に、NSTによる本格的な介入が開始されます。定期的に多職種カンファレンスを開き、治療期と患者さんの状態に合わせた栄養プラニングと評価をチームで行っていきます。
また入院時は問題がなくても、治療の過程で栄養状態の悪化が見られた場合は、NSTに依頼することができます。
NSTは医学的な栄養管理だけでなく、「食」の支援という観点から、さまざまな職種の参加が必要不可欠です。以下、チームを構成する職種をご紹介します(5,6)。
看護師
管理栄養士を病棟配置することは、患者さん一人ひとりに対する適切な栄養管理を可能にし、その効果は顕著です。管理栄養士がいることで患者さんの負担を軽減し、提供する医療の質を高めるだけでなく、病院の経営にも好循環をもたらすことがわかっています(5)。
管理栄養士の介入により低栄養患者が減るため、低栄養患者が引き起こしやすい肺炎や尿路感染の発症率が下がります。患者さんのより良好な栄養状態を確保することは、褥瘡・フレイル予防、在院日数の短縮にもつながります。また、リハビリチームと連携をすれば、エネルギー代謝の促進ができるため、患者さんの回復や退院後の身体づくりを早められる可能性もあります。
治療を円滑に進めるための栄養管理だけではなく、食事をより楽しく・おいしく感じてもらうための介入が可能になります。日々変化する患者さんの体調や多種多様な希望に沿いながら、適切な栄養摂取を実現しやすくなります(1)。
合併症を予防できることにより、抗菌薬などの薬剤の使用が減少します。また、経腸栄養や経口摂取が増えるため輸液使用量も減ります。患者さんの経過が良ければ在院日数も短縮されるため、コストの削減につながります。
多職種が連携して機能するためには、各専門職が必要な情報を共有していることが重要です。
嚥下機能
神経や筋肉に問題があるときや、口腔内や咽頭にがんがあるときなどは、嚥下の機能が低下します。嚥下機能が保たれていないと「食べる」「飲み込む」の過程が難しくなり、食事がうまくいきません。その場合は、耳鼻咽喉科の医師や言語聴覚士が中心となって患者さんの症状緩和や摂食行動の支援をする必要があります。より専門的な介入が必要であれば、摂食・嚥下チームにつなぎます。治療患者としてー栄養状態の維持ー
治療期にある患者さんの目標は、治療が円滑に進むように栄養状態を良好に保つことです。そのためには、体重や血液データ、食事量などから栄養・食事状況を把握して、栄養を確保することが重要視されます。治療に打ち勝つための栄養状態を維持するためには、なるべく経口摂取が進むと理想的です。ただし、悪心・嘔吐、口内炎など食事を妨げる苦痛症状があれば、苦痛の軽減に努めます。
生活者としてー「おいしい」食事の実現を目指すー
誰にとっても食事は生活の一部であり、生きるうえでの楽しみでもあります。患者さんは、一歩病院の外に出れば、それぞれの生活が待っています。体調を維持するための栄養を確保することはもちろん重要ですが、患者さんのライフスタイルや価値観を尊重しながら、「食」の喜びを感じられる支援を行うことも大切です(1)。
多職種による専門的な栄養サポートは、患者さんの療養生活において医療的な意義を持ち、病院の利益にも繋がるでしょう。また、食は私たち人間にとって生命の源であり、生きる喜びです。NST介入に尽力することは、患者さんのQOL向上ももたらします。今後のNSTの可能性に期待が高まります。
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(1)狩野太郎・神田清子「がん治療と食事 治療中の食べるよろこびを支える援助」医学書院,2015
(2)厚生労働省/チーム医療の推進(管理栄養士について)
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/03/dl/s0319-9a.pdf
(3)東口高志 “栄養サポートチーム加算新設に至った経緯と その意味するもの”*
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspen/25/6/25_6_1167/_pdf
(4)「わが国におけるNSTの現状と未来」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nisshoshi/104/12/104_12_1691/_pdf
(5)福原麻希「チーム医療を成功させる10か条ー現場に学ぶチームメンバーの心得ー」中山書店.2021.1
(6)チーム医療推進協議会:https://www.team-med.jp/archives/team/eiyosuport
(7)東口高志「NSTの運営と栄養療法 栄養管理の基本とチーム連携」医学芸術社.2006.10