エピグノジャーナル

働き方改革の第一歩は「労働時間管理」から

作成者: 平野 翔大|2023/08/11

 

2024年の施行が迫る、医師の働き方改革。

働き方改革関連法自体は2019年4月から適用が開始されていますが、建設・自動車運転・医師のみが「猶予期間」として5年が与えられました。しかし施行までもう1年を切り、急ピッチで準備を進めなければなりませんが、COVID-19などの影響もあり、その取り組みが進んでいないのも現実です。

 

本シリーズでは、これまでの6回で制度の全体や、要点を整理してまいりました。第7回からは、もう少し掘り下げて、医療機関において必要な実務の細かいところまで解説してまいります。特に最初の数回は、最も重要な問題である「労働時間管理」「残業代」について触れ、ここに関わる勤務間インターバルや追加的健康確保措置についても対応をご紹介してまいります。

 

まず第7回は、「労働時間管理」について解説していきます。

全業種に求められている「労働時間管理」

労働基準法において定められる「労働者」である以上、労働時間を管理するのは当然のことです。対して経営者や(雇われでない)院長は、「人を使用・管理」する側であり、労働時間の管理対象から外れます。そして医師も、使用者でない限りは全員が労働者であることは既に判例で示されています。(鳥取地判平成21・10・16、大学院生の病院勤務時の労働者性について)
医師は確かに高度な技術を持ち、その仕事は自律性が高いため、「労働管理される立場ではない」という考え方もあるでしょう。しかし、あくまで労働管理上は「管理される側」であることは基本として抑えておきましょう。つまり、病院や診療所で働く職員は、経営層を除き基本的には労働時間管理の対象となるのです。

またこれまでも触れてきた通り、「時間外労働の上限規制」については医師は2024年まで施行猶予とされてきましたが、他の項目は2019年時点から施行が必要です。つまりここで紹介することは、本来「既に行われていなければならない内容」であることを理解し、もし十分でない場合には、早急に取り組む必要があります。



労働時間管理については、既に2019年の働き方改革において、「使用者が講ずべき措置」として下記のように一定のラインが示されています。(1)


① 労働者ごとに毎日の始業・終業時刻を確認し、記録する。この方法としては下記のいずれかを用いる。

  • 使用者が、自ら現認(現場にいて、把握すること)
    →労働者からも確認することが望ましい
  • タイムカード・ICカードなどの客観的な記録を用いる
    →必要に応じて、残業命令書や報告書などの記録と突き合わせる

② 上記によらず、自己申告制にする場合、以下の措置を講ずる

  • 導入前に、対象労働者に正しい記録・自己申告について十分な説明を行う
  • 自己申告と実態労働時間が合致しているかについて、必要に応じ実態調査を行う
  • 適正な申告を阻害する目的で、時間外労働時間の上限を設定したり、阻害するような措置が行われていないかを確認し、改善すること

③ 労働時間の記録に関する書類について、労働基準法第109条に基づき、3年間保存すること

  • 合わせて賃金台帳にも労働日数・時間数・残業時間数・休日深夜労働時間数の記録が必要

つまり、基本的には「客観的な手段により記録し、保存する」ことが求められているのです。これまで私も様々な病院を拝見してきましたが、「手書きでの申告」「一律で記録されるようになっている」「上司に打刻を無断で変更される」といった事案は少なくありません。
またタイムカードなどを利用していても、一度切った後に院内で別の作業を行うなど、明らかに不適正な管理が行われていることもあります。このような行為が、ある部署・病棟でのみ行われているような場合であっても、事業者には「適正に把握し、できていない場合改善する義務」がありますので、放置すれば当然病院も責任を問われることになります。
(第6回でもお伝えしているとおり、勤務に必要な準備行為・後処理も労働時間です。記録・着替えなども含まれるので、このような行為の前に打刻させていないかにもご注意ください。)

なお当然のことですが、これらの残業を労働者に行わせる場合は36協定(労使協定)の締結が必要ですし、月45時間以上の残業を行わせる場合には、「特別な事情」についての労働基準監督署への届出と、各事業所で定めた「健康確保措置」を行う必要があります。これは届出欄に下記の該当する番号を記載しなければなりません。記載していながら実際には行われていない場合、労働基準監督署の指導対象になります。

  1. 労働時間が一定時間を超えた労働者に医師による面接指導を実施すること
  2. 深夜勤務の回数を1箇月について一定回数以内とすること
  3. 就業から始業までに一定時間以上の継続した休息時間を確保すること
  4. 労働者の勤務状況及びその健康状態に応じて、代償休日又は特別な休暇を付与すること
  5. 労働者の勤務状況及びその健康状態に応じて、健康診断を実施すること
  6. 年次有給休暇についてまとまった日数連続して取得することを含めてその取得を促進すること
  7. 心とからだの健康問題についての相談窓口を設置すること
  8. 労働者の勤務状況及びその健康状態に配慮し、必要な場合には適切な部署に配置転換をすること
  9. 必要に応じて、産業医等による助言・指導を受け、又は労働者に産業医等による保険指導を受けさせること
  10. その他

医師では義務化されたものも多いので、基本的には面接指導や勤務間インターバルで対応することになりますが、この点においても届出をするからにはしっかりと意識をしましょう。

医師には更に踏み込んだ管理が必要

ここまでは全てに当てはまる話をしてきましたが、医師においては「追加で」気をつけることがいくつかあります。これは医師の労働時間規制が、複数の病院で働くことを前提に設計されているためです。他業種でも副業などが広まる中、労働時間管理については「把握するのが望ましい」とされるものの、あくまで自己申告がベースにあります。しかし医師の場合は、連携B水準の設定はじめ、特に大学病院などでは兼業先が収入の確保に重要であることから、この管理についても細かな指針が出されています。

特にこの点が「医師の勤務実態把握マニュアル」(2)として提供されており、医師労務管理に携わる方はしっかり通読しておくことがお勧めですが、ここでも要点を紹介していきます。

まず、副業・兼業先も含めた労働時間把握については以下の4点がポイントです。

① 副業・兼業先での労働時間も把握する必要がある

  • 主たる勤務先からの派遣である場合には、医療機関側が考慮した上でシフトを組む必要がある
  • 医師個人の希望に基づく副業・兼業である場合には、医師自身がシフトを組んで自己申告する
  • これらのシフトは、突発的な業務が発生しても労働時間上限を遵守できるようにゆとりを持って設定する

② 労働時間のみではなく、連続労働時間・インターバル時間についても管理が必要

  • 他業種でもインターバルの設定は推奨されていますが、医師ではこれがA水準で努力義務、B・C水準で義務になる
  • 連続労働時間制限もあり、この集計も必要

③ 連続労働時間を上回ったり、インターバル時間を下回った場合は、代償休息を付与する必要がある

  • この代償休息をどちらの病院の勤務中に付与するかなども予め決めておくのが望ましい

④ 勤務時間超過した場合には、適切な対処を行うために随時、申告が必要

  • ただし、設定した上限の範囲内で、代償休息が発生しない場合は1ヶ月分まとめてでも良い

また、宿日直については以下の点がポイントです。

① 宿日直中の労働状況についても把握する必要がある

  • 宿日直許可を得ている場合、その間にどの程度の時間、どのような業務に従事したかを把握する必要がある

② 副業・兼業先の宿日直許可の有無

  • 許可を得ており、宿日直に従事している場合は、①について派遣元でも把握する必要がある

どちらにしても兼業先も含め、始業・就業時間をしっかりと把握する必要があり、もし下回った場合には追加の代償休息などが必要です。これらを考慮すると、通常の始業・就業・休憩以外に、連続労働時間やインターバル、代償休息の他休暇との区別など、医師の労務管理はさらに複雑になります。

まとめ

労働時間管理は働き方改革の「基本」です。同時に労働者の協力も得る必要があり、なかなか取り組みとして地味で進みにくく、かつ管理ツールの導入などコストもかかりがちな部分です。しかし現状把握がないことには、労働時間削減などの具体的な施策も打ちにくいですし、PDCAの”Plan”が抜け落ちている状態になりかねません。

例えば看護師の労働時間把握が不十分で、記録上は時間外労働は大したことないと見られていたのに、実質は過重労働が慢性化していたとします。ここで医師の働き方改革のためのタスクシフトを行うと、看護師の時間外労働が更に深刻になる、そんなことすら起きかねません。

 

また他の業種での摘発例を見ていても、労働基準監督署はここを重視しているのが明らかです。時間外・休日労働が100時間超(労働基準法違反)になっている事業場のうち、早めに指導・是正勧告対象となっているのは、100時間超に加えて、労働時間の虚偽申告の常態化や、必要な産業医面談の未実施、衛生管理者の未選任など、基本的なことが行えていない事例です。

これは今後、医療業界でも同様の傾向になるのは明らかでしょう。医師の働き方改革においても別途の基準が設けられているくらい、この「労働時間管理」は重視されており、今後摘発対象になるのも、この様な基本ができていない事業所からになると考えられます。

改めて、かつ継続的に、「本当に適正な労働時間管理が行われているのか」を確認することは、間違いなく今後非常に重要になっていくでしょう。またEpignoの「エピタルHR」では、今後この様な医師の働き方改革の細かい規制にも対応したHRソリューションを提供して参ります。ご興味のある法人・担当者様はお問い合わせください。

おわりに

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出典

厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署, 「労働時間の適正な把握のために 使用者が講ずべき措置に関する基準」.
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/kantoku/dl/070614-2.pdf

厚生労働省, 「医師の勤務実態把握マニュアル」. 2021/7/1.
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000794598.pdf