エピグノジャーナル

口腔ケアの未来を創る多職種連携 ~歯科医師・歯科技工士・看護師が考えるBOCのあり方~

作成者: 高山 真由子|2023/11/14

 


「口腔ケアで救える命がある」をキャッチフレーズに、医療・介護現場に浸透しつつあるBOC(Basic Oral Care)。前回は、医療介護現場における口腔ケアの現状と現場での取り組みについて、4人のBOCプロバイダーの方たちにお話を伺いました。


「口腔ケアで救える命がある」をキャッチフレーズに、医療・介護現場に浸透しつつあるBOC(Basic Oral Care)。第1回は、医療介護現場における口腔ケアの現状と現場での取り組みについて、4人のBOCプロバイダーの方たちにお話を伺い、第2回は口腔ケアの実践を推し進めることで得られる経営インパクトをテーマに、元看護師長の実践知についてお伝えしました。最終回となる第3回は口腔ケアの未来について、歯科医師・歯科技工士・看護師によるディスカッションをお届けします。

参加者プロフィール

長縄 拓哉さん

歯科医師/ムツー株式会社代表取締役
東京歯科大学卒業。都内大学病院で口腔腫瘍、顎顔面外傷、口腔感染症治療に従事。デンマーク・オーフス大学に留学し、口腔顔面領域の難治性疼痛(OFP)について研究。口腔顔面領域の感覚検査器を開発し、国際歯科研究学会議(IADR2015、ボストン)ニューロサイエンスアワードを受賞。デンマークと日本の研究活動推進プロジェクトJD-Teletech日本代表。


島田 明子さん

歯科医師/歯学博士/大阪歯科大学 医療保健学部 口腔保健学科教授
長崎県長崎市出身。長崎大学歯学部卒業後、同大学大学院にて博士号取得。2010‐2017年デンマーク・オーフス大学およびスウェーデン・カロリンスカ研究所で研究員として勤務。2014年国際歯科研究学会議(IADR、ケープタウン)ニューロサイエンスアワード1位受賞。2015年オーフス大学で2つ目の博士号取得。口腔顔面痛、口腔機能低下症、ブラキシズムなど口腔機能に関する研究に従事している。


野田 真一さん

デンスマイル代表取締役/一般社団法人歯科デジタルリモート支援協会代表理事
大阪府堺出身。歯科技工士の道からIT業界へ転身。2009年、23才でシステム開発会社を設立。IQ180の天才エンジニアと共にあらゆる業界の課題をITで解決。一度は挫折した歯科技工の業界にデジタル技術でイノベーションを起こすべく2023年デンスマイルラボ、ならびに歯科デジタルリモート支援協会を設立。口腔ケアから高齢者のQOL向上を目指すべく、歯科技工士の立場としてBOCプロバイダーに関わる。


高丸 慶さん

看護師/一般社団法人訪問看護支援協会代表理事/株式会社ホスピタリティワン代表取締役
東京都目黒区出身。日本発の介護保険サービスを構築し安全安心な社会を創造するために活動中。2018年より歯科医師の長縄拓哉氏と共にBOCプロバイダー資格講座の立ち上げに携わり、現在同講座の講師としても活躍している。

多職種連携をはばむ歯科・看護間のギャップ

BOCにおいて歯科と看護は近くて遠いような印象がありますが、どのような課題があると感じますか?

長縄:新型コロナの影響で遠隔医療を推進する流れがあり、僕も歯科の遠隔医療を始めました。在宅の分野で働く看護師さんとクリニックにいる僕が遠隔で話していた時に、僕は歯科で普段使っている「左上見せて」「右下4番はどう」という言葉を使って尋ねたところ、看護師さんから「右上はどっちですか」と逆に質問されました。
対する看護師さんは「右上」とは言わずに「ここ」と口腔内の示したい場所を指差し確認しながら私に問いかけてきたのです。お互いに「口腔ケア」という共通のことについて話していたはずなのに、なぜこのようなギャップが生じるのか。そう考えていた時に参加した口腔ケア学会で、看護教育では口腔ケアの授業が1~2コマ程度しかないという現状を聞き、ギャップを埋めるためには教育が不可欠だと感じました。

また、歯科と看護をはじめ多職種連携の課題は、このような言語的コミュニケーションのギャップだけでなく、お互いの仕事がわからない・知識が偏っているということもあり、これらを解決したいと考えBOCプロバイダーの講座を始めたのです。

BOCの未来のキーマンは歯科技工士 

歯科技工士は治療の現場にはおらず、黙々と詰め物や入れ歯を作っている印象がありますが、BOCを通じてどのような連携がはかれるのでしょうか?

長縄:BOCには多職種が関わっています。歯科衛生士と歯科技工士は連携することがありますが、看護師と歯科技工士はまず接点がありません。BOCの講座の中でそれぞれの仕事について紹介することで知識が活かせたり接点が生まれることへの期待を持っています。

看護師と歯科技工士の連携にはどのような可能性があるのでしょうか?

野田:歯の健康が自身の健康を高めるという点で、歯科と看護はヘルスケアで完全につながっていると考えています。僕の父は40年間歯科技工士をやっていたにも関わらず、10年くらい入れ歯を使っていませんでした。父のように歯に無関心な人が意外と多い現状があります。歯がないことによる健康上の不具合も生じるので、歯をきっかけに自身の健康についてもっと身近に考えてもらえるようにたいと思っています。

高丸:2018年に長縄先生と出会って口腔ケアの講義を始めましたが、それまでは僕も口腔ケアの優先順位を高く考えていませんでした。周りでもその重要性に気づいている人は少なかったように思います。実際に口腔ケアを実施しているのは看護師や介護士ですが、彼らは入れ歯がどのような工程で作られてるかも、歯科技工士のこだわりがどれほど多く詰まっているかも知る機会はなく、先輩の見様見真似で入れ歯を扱っているのが現状です。ケアの対象者の入れ歯に不具合が生じていても、どうすればいいのかわからないのです。

野田:本人も周りも入れ歯が合わないことへの諦めが大きいですね。入れ歯を作る職人さんがどんどん減っている中で、アナログの技術だけでは対応できなくなる時代がくることが予想されています。アナログのノウハウを大切に継承しつつ、最先端のデジタル歯科と組み合わせて入れ歯を作っていく選択肢があることを、患者さんやご家族にも、看護師・介護士の方たちにも知ってほしいと思っています。

教育現場もデジタル化にシフト

現場が変わってきている中で、教育現場でも何か変化はあるのでしょうか。

長縄:今後、BOCやデジタルデンチャーが歯科技工士や歯科衛生士の国家試験に組み込まれる可能性があると考えています。教育の現場ではデジタルを活用した歯科医療がどの程度カリキュラムに組み込まれていますか。

島田:現在私が勤務している大阪歯科大学では、2017年に医療保健学部が開設したのですが、昨年度から学生は口腔内スキャナーというデジタル機器を使って口腔の型取りをするスキルを臨床実習の中で習得しています。歯科衛生士は歯科医の指示のもとであれば口腔内スキャナーを使えるので、デジタルデンティストリー(歯科治療のデジタル化)が発展していく将来を見据えて、そのような実習をカリキュラムに組み込んでいることから、大学教育も時代とともに進化していると感じます。

高丸:教育に変化の波がきているこのタイミングで、BOCを医療系学生の基礎教育に入れたいという思いがあります。BOCの教育を誰もが享受できるようにするという意味で、例えば看護学生を対象に4年間のどこかでBOCに触れる機会をつくりたいと考えています。BOCはBLSの仕組みを目指しているんです。僕が以前教えていた大学は、在学中にBLS資格を取得してそれを履歴書に書いて採用試験に臨む学生が多くいました。面接で担当者が履歴書を見た時に一目おかれるような存在になれればと思います。

歯科技工士の働き方改革となる遠隔医療

野田:口腔内スキャナーは、在宅医療でも活用できるコンパクトタイプが最近出てきました。高齢になればなるほど歯が抜けてしまったり口が開きにくかったりして従来の印象(歯の型取り)が難しくなる方もいます。コンパクトスキャナーを用いることで楽に正しいデータが取れます。

なお、これから発達していく分野ですが、歯科医師が現場にいなくても遠隔で指示を受け、歯科衛生士が現場でスキャニングし、そのデータが歯科技工士に届けられて補綴物(虫歯にかぶせる銀歯や入れ歯等)がすぐに作成できるシステムを構築したいと思っています。

歯科の遠隔医療の具体的なイメージができずにいたのですが、このような方法が検討されているんですね。

野田:また、歯科技工士は補綴物をつくることが仕事ですが、活躍の場がそこしかないのは選択肢があまりにも少なく、もっと広げたいという思いを持っていました。男性でも離職率が高い歯科技工士界で、女性は出産等のライフイベントで辞めるとほぼ現場に戻ってこない現状もあります。働き方改革の1つとして、彼女たちが復帰する際に補綴物を作る以外に活躍できる場を作りたいと考えています。
例えば、補綴物を作る際にオンラインで歯科衛生士・歯科医師・歯科技工士の3者で話し合う場を設け、そこで方向性が決まれば患者さんが求めるものに近い精度で補綴物を作ることが可能です。現状は医師から届く紙の指示書だけを頼りに想像して作るため、果たしてそれが患者さんの求めているものかどうかわかりません。しかし、オンラインでつながることで患者さんの意図も指示を出した歯科医師の意図もすべて共有することが可能になると期待できます。

歯科医療のオンライン化やデジタル化が進むことで、働く人たちはもちろん患者さんにもメリットがありますね。3者で話し合う場を設けて補綴物を作るという発想は初めて耳にしました。

野田:僕は最近会社を立ち上げたところなので、歯科技工士に患者さんのチェアサイドに座ってもらうという、これまでなかった取り組みを始めたところですが、とても喜んでくれています。患者さんの声が聞ける・表情が見えるというのは刺激になるようでやりがいにもつながりますね。そこに看護師も加わったらさらに効果的な場が生まれるのではないでしょうか。

BOCで活性化する医歯連携

医師と歯科医師の連携、いわゆる「医歯連携」の現状はいかがですか?

長縄:BOCが始まった時に医師・歯科医師間のギャップはあったので、各診療科の医師に口腔ケアの講義をしてもらうことから始めました。集中治療の専門医は人工呼吸器関連肺炎を減らしたいという思いがあり、口腔ケアは大切だと思っているものの、それほど自分事として向き合ってはいないのが実情です。しかし、講義を依頼したらたくさん論文を読んで1時間の講義資料をきちんと作ってきてくれて、それによってその医師の意識も変わるし周りの人たちの意識も変わってくる。その結果、ICUが変わるんですね。
また、最近のがん治療では骨組織に影響を与える化学療法が行われていることもあり、整形外科と歯科の連携はとてもにぎやかです。今後各職域の垣根はなくなっていくという希望を持っています。

島田:私は歯科の中でも歯がないところを義歯で補う補綴学という分野を専門にしています。超高齢社会に突入し、在宅療養を選択する要介護高齢者患者さんが増えており、単にかみ合わせを作るだけではなく、義歯を使うことによって咀嚼・嚥下機能が改善し、ひいては、「低栄養」が改善するとこまで見据えて治療計画を立てなければならないと感じます。NST(Nutrition Support Team、栄養サポートチーム)に参加して、多職種連携医療の一員として活躍されている歯科医師の先生方もいらっしゃいます。補綴物を入れることによって患者さんの栄養状態を改善し、全身の健康につなげることまで考えながら、入れ歯を作らなければならないという考えはさらに注目され、医科との連携も進んでいくと考えています。

口腔「ケア」から口を中心とした「概念」へ

長縄:BOCでは口腔をハブのように考えているので、幅広い専門家が集まっています。歯科医師は歯の治療・予防を担い、内科や外科の医師も食べることについて考えていて、毎日患者さんの喉や口腔内を観察しています。このように多くの医師が口腔を診ているにもかかわらず、口腔の専門家は誰なのかを問うと、誰も首を縦に振りません。もしかすると口腔のことがオールマイティにわかる人はいないのかもしれません。だからこそ多職種が尊重し合い知識や経験を共有する風土ができているように思います。
BOCは幅広いイメージを持つ言葉です。看護師や介護士、医師など入れ歯を作っていない人でも、これを誰が買うのか・これを使ってどのくらい食べられるのかなど、トータルでその人を見ていくことは「口腔ケア」という言葉より「BOC」の方が含む範囲が広いような気がしています。医療者だけでなく、一般市民の方も含めて口腔と無関係な人はいません。今後BOCは「その人の生活や連携も含めた口を中心とした考え方」という概念のような形へと進化していくのではないかと思っています。

まとめ

当記事では歯科医師・歯科技工士・看護師の多職種が考える口腔ケアの未来についてお伝えしました。口腔ケアの実践知・経営マネジメント・未来と3回に渡ってお届けしたBOC。「口腔ケア」という共通言語を持つさまざまな医療従事者が、各フィールドで実践を積み重ねることで臨床や教育に変化が起こり始めています。BOCが今後、口腔ケアの枠を超えて人々の健康に欠かせない考え方として、医療・介護現場に広く定着する日がやってくることを期待したいと思います。