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口腔ケア実践をマネジメントにつなげる ~人材育成と経営改善につなげた看護師長の取り組み~

執筆者:高山 真由子 看護師・保健師/看護ジャーナリスト

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「口腔ケアで救える命がある」をキャッチフレーズに、医療・介護現場に浸透しつつあるBOC(Basic Oral Care)。前回は、医療介護現場における口腔ケアの現状と現場での取り組みについて、4人のBOCプロバイダーの方たちにお話を伺いました。


第2回は、口腔ケアの実践を推し進めることで得られる経営インパクトがテーマです。BOCプロバイダー講座の受講を機に口腔ケアに関連した人材育成や経営改善につなげた、秋田県内の病院に勤務する元看護師長・三浦京子さんにマネジメントの実践知について伺いました。聞き手はBOCプロバイダー認定資格講座の発起人で講師も務める、一般社団法人訪問看護支援協会代表理事の高丸慶さんです。

【プロフィール】

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三浦 京子さん(写真右):
秋田県内の総合病院に勤務する看護師(元看護師長)
父の介護をきっかけに口腔ケアの正しい知識を求め、2019年4月BOCプロバイダー資格取得。2020年7月BOCインストラクター資格取得。2021年10月BOCアカデミー資格取得。
在職中に、院内でBOCプロバイダー5名とBOCインストラクター3名の人材を育成し、現在では全国のBOCプロバイダーとの繋がりがとても有意義で大切にしている。
現在は定年後再雇用で、地域連携室に所属し退院調整看護師として奮闘中。


高丸 慶さん(写真左):看護師/一般社団法人訪問看護支援協会代表理事/株式会社ホスピタリティワン代表取締役
東京都目黒区出身、1982年生まれの40歳。妻・長女(9歳)の3人家族。日本発の介護保険サービスを構築し安全安心な社会を創造するために活動中。2018年より歯科医師の長縄拓哉氏と共にBOCプロバイダー資格講座立ち上げに携わり、現在同講座の講師としても活躍している。

父の介護がつないだ看護管理と口腔ケア

高丸:看護管理と口腔ケア。実はこの2つは結びつきにくいものだと思っていました。三浦さんは看護管理者として病院で勤務しながら、BOCプロバイダーとしても活躍されています。素朴な疑問ですが、病院の看護管理者の方たちはどのくらい口腔ケアに関心を持っているのでしょうか?

三浦:関心を持っている看護管理者は少なくないと思います。しかし、入院日数の短縮化が求められる現在の病院経営システムにおいては、看護管理者は入退院のベッドコントロールをはじめとする多くのマネジメント業務に向き合わざるを得ず、自身が率先して口腔ケアに関心を持って実践できる余裕はないでしょう。看護師長補佐を中心にスタッフたちが日々のケア実践に取り組んでくれていますので、看護管理者は彼らを信頼しサポートする立場にあります。


高丸:そんな三浦さんがBOCに関心を持ったのは何がきっかけだったのでしょうか?


三浦:私がBOCに関心を持ったのは、父の在宅介護がきっかけでした。看護師経験があるからと、施設から自宅に戻ってきた父のケアを始めてみたものの、食後の歯みがきや口腔ケアが満足にできない自分がいました。スキルがなかったわけではありませんが、今やっている方法が正しいのか、最新のエビデンスはどうなっているのかを調べたくて、参考書や学習動画などを探しましたが納得できるツールに出会えずにいました。そんな時、雑誌に掲載されていたBOCプロバイダー認定資格講座の記事を読んで、現場のリアルな疑問に答えたり、口腔内の変化を写真で紹介してくれたりする具体的な講義内容に「これだ!」と思い、すぐに受講を決めました。


受講後は早速、自部署や師長会、メンバーだった褥瘡対策委員会でBOCプロバイダーの役割の1つ「伝える」に取り組み始めました。講義で得た知識を委員会で報告したことで、NSTメンバーもBOCを受講し、同じ目標に向かって活動できました。さらに。BOCインストラクターが院内研修を開催することで、ケアの質の向上につながり、患者さんのQOL向上につなげられたことは大きな達成感となりました。もちろん父の介護にも活かせることが多く、在宅ケアがレベルアップしました。


高丸:ご家族の介護がきっかけだったのですね。お父様に納得のいくケアを提供し、さらに病院スタッフにも広めるところに三浦さんの行動力を感じます。

チームで挑んだ予算確保と診療報酬・加算算定

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高丸:
看護管理者の視点から口腔ケアに関わる診療報酬や加算の算定にも尽力されたと伺いました。


三浦:当時、院内に認定看護師が不在だったことや、新卒看護師の採用に課題を感じていたこともあり、病院の魅力を出すために何か特化したものがほしいと思っていました。院内で私は管理業務の他に、褥瘡対策委員会とNST(栄養サポートチーム)で5年間メンバーとして活動していました。BOCを受講したことで、委員会で新たに獲得した知識を共有したり最新のスキルを実施してみたりするなど、委員会全体をレベルアップさせることに成功しました。さらに一歩上を目指して自院の強みを出すために経営面や人材育成の視点から口腔ケアを考えていきたいと思ったのです。


例えば、当初は栄養サポートチーム加算200点を算定していましたが、今後は歯科医師との連携を図ることで50点が加算される、歯科医師連携加算の算定も目指したいと考えているところです。(以下図参照)

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また、舌圧測定器を購入し、嚥下機能に関連する検査の1つ、舌圧測定検査140点も算定しています。当院では、65歳以上の入院患者さん全員に病棟担当の言語聴覚士と歯科衛生士がOHAT(Oral Health Assessment Tool)を用いて口腔内のチェックと嚥下状態を確認します。摂食嚥下機能評価で障害があると診断されると、NSTラウンド対象患者としてリストアップされ、週1回のカンファレンスを継続します。さらに、嚥下障害の部位や時期に応じて、嚥下機能検査が必要な患者さんは、耳鼻咽喉科医師の診察と内視鏡下嚥下機能検査(720点)を実施し、義歯の不具合や口腔機能低下症が疑われる患者さんは歯科口腔外科に紹介し歯科医師との連携を始めます。そこで歯科医師が口腔内チェックや嚥下状態を把握して口腔機能低下症の診断がつくと、医科とは別に歯科の初診料や口腔機能管理料100点等の加算の算定が可能になるのです。

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高丸:こうした加算の積み重ねは経営へのインパクトが結構大きいですね。舌圧測定器を購入されたとのことですが、安い買い物ではなかったと思います。例えば病院で日常的に使う血圧計やガーゼの購入と同様に予算の中で買えたのでしょうか。


三浦:いえ、もともと予算はありませんでした。でも、NST活動をサポートしてくれていた1人の医師が「患者さんに還元できるものだから購入してほしい」と関係部署や看護部長に交渉し実現しました。ちょうどチーム医療加算が算定できるようになった時期でもあり、それが追い風になってくれたのではないでしょうか。


高丸:看護管理者として経営の視点で考えることも重要ですが「患者さんのために」という根底にある思いを大切にされていらっしゃいますね


三浦:診療報酬の前に患者さんありきです。ケアを必要とする患者さんを目の前にした時、どうやったらそのケアを提供できるか、医療者であればその方法を探す使命があります。1人でも必要な方がいるならば、院内外に協力者を呼びかけ賛同を得ていく。チーム医療を推し進めるために看護管理者として大切にし続けたい視点です。

加算を取得できない冬の時代を人材育成の好機に

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高丸:
口腔ケアに関連した人材育成についてはどのように動かれたのでしょうか?


三浦:2022年4月、NSTのメンバーだった医師が退職したため、栄養サポートチーム加算を算定できなくなってしまいました。経営面では大きな痛手となりましたが、算定要件に医師が必要である以上私がどう頑張っても算定できない事実を覆すことはできません。「それならば人材育成をしよう」そう考えて、医局と看護部に働きかけました。看護部長は摂食嚥下障害看護の認定看護師を当院に誕生させるべく院内の看護師に働きかけ、1人の看護師長補佐が祖母の介護時の食事摂取状況や嚥下状態に興味を持ったタイミングで引き受けてくれたのです。その後合格し認定看護師となり、院内で広く活躍しています。院内に認定看護師がいるという環境は、NSTラウンドの際に患者さんへの摂食嚥下のアプローチの幅が広がることにつながりました。


高丸:加算が算定できない期間に土壌を耕そうと人材育成に目を向けたのですね。院内で活動を進めるにあたってどのように周囲を巻き込んでいったのでしょうか?


三浦:当院は地域に根差す病院として、顔の見える規模感で家庭的な雰囲気があることが強みです。特に看護部は何か新しいことを始めようとする時は「まずやってみよう」「ダメならまた考えよう」とみんなが応援してくれる雰囲気が以前からあることで、私のチャレンジもうまく進められました。風通しのいい雰囲気があるからこそ、全員が同じ方向に進んでいくことができBOCを院内に広められたのだと思います。

院内から地域へと発展を遂げる口腔ケア

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高丸:
今後の三浦さんの活動はどのように広がっていくのでしょうか?


三浦:院長をはじめ経営トップ層には患者さんのQOLが向上したことと診療報酬が伸びたことをとても評価していただきました。もっと活動の幅を広げていこうと思っていたところで定年を迎えたため、そこは寂しさを感じています。今は定年後の再雇用で地域連携室に所属し、入退院支援を中心に患者さんやご家族と関わっています。当院の特徴として整形外科疾患の患者さんへの支援が多いことから、退院後の住宅環境についてお話を伺っていますが、並行して嚥下状態や口腔ケアのことも確認して介入の必要性があれば各所と連携するよう努めています。


高丸:その視点は他の退院支援に関わる看護師はあまり持っていないかもしれませんね。


三浦:最近、当院のNSTラウンド対象患者さんの情報についてデータを確認したところ、全員に退院支援が「必要」であることがわかりました。さらに、退院支援が「必要」と判断された65歳以上の患者さん全員に摂食嚥下評価をしたところ、全員が「要介入」というデータがとれ、退院調整と摂食嚥下評価はリンクするのだと実感しているところです。退院支援も加算が算定できるようになったので「患者さんのために」を最優先としつつ、経営の観点からもしっかり院内で取り組む必要があります。最近は人生100年時代と言われ、インプラントの推奨や歯周病・オーラルフレイル予防など、歯科口腔領域の看護ケアの重要性と必要性が高まりつつあると感じています。私が住んでいる大館市は、日本一の高齢化率です。日本一ということは世界一の高齢化率でもあります。今後は近隣の医療機関とお互いにどのようなことに取り組んでいるのか、専門職同士の関係を円滑にして地域医療全体のレベルアップを図っていきたいですね。


高丸:最後に看護管理者の方たちへのメッセージをお願いします。


三浦:看護界も常に変化し続けていますので、何事にも「先見の明」を持ち続けてほしいですし、看護管理者はいつも輝いていてほしいですね。さらに、ベッドサイドケアを実践しているスタッフに感謝の気持ちを忘れず、楽しみながらマネジメントを実践してください。

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まとめ

当記事では口腔ケア実践をマネジメントに結び付けた実践知についてお伝えしました。看護管理者がどのように動いたのかをたどることで、一つのケアが患者さんの回復力を高めるだけでなく、病院経営の改善にもつながることがおわかりいただけたのではないでしょうか。次回は口腔ケアの未来について考えます。

 

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    執筆者について

    高山 真由子
    高山 真由子
    看護師・保健師/看護ジャーナリスト 慶應義塾看護短期大学卒業後、看護ライターとして活動開始。病院勤務・海外留学を経て東海大学健康科学部看護学科に編入学。卒業後、看護ジャーナリズムの開拓する必要性を感じ早稲田大学大学院政治学研究科に進学しジャーナリズム修士取得。看護師・保健師として、病院・在宅・行政・学校・企業・教育機関・イベント救護などに従事した経験を持つ。医療系オウンドメディアの企画・制作・編集に携わり2023年1月独立。メディアの立場から看護の発展を目指す。 https://fori.io/mayuko-takayama
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