あなたの職場に、熱心に仕事に取り組んでいる人や常にいきいき働いている人はいませんか?一緒に仕事をすると前向きになれたり、少しやる気がでたり、その日の勤務が楽しく感じることも。ポジティブな影響を与える人は、モチベーションやエンゲージメントが高いといわれています。このように、看護師が意欲を持って”いきいき楽しく”働き続けることは、チームに伝播するだけでなく、質の高い看護を提供することにつながります。
本稿では、仕事へのモチベーションやエンゲージメントを高めるためのアプローチについて記載しています。看護師が個々に仕事への意欲や働きがいを持つことで、組織全体のパフォーマンスにもつながります。
モチベーションとは、何らかの行動や決断をする際のきっかけや意欲となる原動力を意味します。
例えば、仕事をするという行為であれば、その原動力となるものは、看護師としてのキャリアや、上司や同僚、部下などに認めてもらいたい承認欲求、そして報酬などがあります。日々何のために働くのか、どのようなことに達成感を味わったり、意欲につながったりするのか。その原動力となるものは個々に違いがありますが、行動に起こす力、つまり「動因」と、欲しい気持ちを満たすもの「誘因」の2つが揃ったときに意欲が出るといわれています。この原動力には目標を持つことが必要です。
エンゲージメントとは、おもに愛着心や忠誠心などを意味します。エンゲージメントの高い看護師は、心身ともに充実し、仕事に対しても前向きです。組織に対して誇りをもち、働きがいや楽しさを感じながら従事しています。このように、高いエンゲージメントは看護師一人ひとりが職場への愛着を持ち、チームが一体となることでお互いを高め合い、成長し続ける組織の原動力となります。
なかでも仕事に関連し、ポジティブで充実した心理状態を「エンゲージメント」といいます。エンゲージメントには「活力」「熱意」「没頭」の3つの側面があります。
看護師としての誇りを持ち、仕事の原動力になっている
患者さんへのより良いケア目指し、仲間と一緒に仕事に熱中している
好きな看護に夢中になっている
このようにモチベーション、エンゲージメントが高い状態になると、仕事に誇りとやりがいを感じて熱心に取り組むことができます。ポジティブな感情を経験すると、その後もポジティブな螺旋が続き、向上し続けていくといわれています。
例えば、塞ぎこんだ患者さんに、とびっきりの笑顔で接したり,一歩先回りしたケアを行うことで、患者さんから笑顔がこぼれたり、感謝の言葉をいただいたりすることが、より大きな嬉しさとなり、仕事への意欲がさらに高まります。
ケアを通して感じることができる看護の手応えを患者さんの反応から実感することで、看護の魅力を再認識したり、自信がついたり、より仕事を楽しむことができます。その姿は、周囲の看護師にも影響を与えるため、チーム全体が良い雰囲気になっていきます。
看護師の労働状況では、多くの医療機関が24時間、365日を通して患者さんへのケアを行うため、看護師の人材確保が重要になってきます。しかし、いつの時代も慢性的な人手不足であり人材確保は容易ではありません。日本看護協会によると看護師の離職率は10.7%の横ばい傾向が続いています。それに加えて、日本医療労働組合連合会では「慢性疲労」を訴える看護師が71.7%、「健康に不安」がある看護師は67.5%。また「強いストレスがある」看護師は 62.5%と、いずれも半分以上の看護師が何らかの健康不安を抱えながら働いているといえます。また「仕事を辞めたい」と思う看護師は74.9%に上るとの報告があります[1]。
エンゲージメントの第一人者であるウィルマー・B・シャウフェリ(Wilmar B.Schaufeli)教授は、「バーンアウト(燃え尽き症候群)」の反対にあるのは、「エンゲージメント」であることを述べています。看護師のバーンアウト発生率は、医師や他の医療職,介護職よりも高いといわれ、おもに、責任ある仕事負担、夜勤業務、対人関係の葛藤、看護における無力感、患者さんの死、過重労働など、絶えずストレスフルな状態にあります。ここに慢性的な疲労が加わることによってバーンアウトを引き起こしやすく、メンタルの不調を訴えたりすることがあります。
看護師のバーンアウトは、労働条件や環境要因はもちろんですが、とくに個人のパーソナリティ特性との関連が大きいといわれています。一方で、前向きで意欲的な看護師は自身をコントロールすることが上手くでき、バーンアウトに陥りにくいといわれています。その予防として、まずは自分を理解し高いモチベーションであることがバーンアウト予防として有効であることが分かっています[2]。
動機づけに関する代表的な理論は、アメリカの心理学者エドワード・L・デシ(Edward L.Deci)による「外発的理論」と「内発的理論」です。この2つの関係性にはモチベーションとエンゲージメントの動機づけに関連があり、それぞれ影響し合います。
外発的動機づけは、他者や環境からの刺激によって起こるやる気(モチベーション)になります。例えば、仕事をすることで賃金が得られたり、頑張りによって賞与がアップするなど、いわゆる”アメとムチ”のアメの部分になります。そのため結果を出さなければならず、報酬のために行動し、報酬がやる気を出しているといえます。外側からのご褒美によってやる気を高めることは一定の効果はあるものの、ご褒美がなくなった後はやる気が低下してしまうともいわれています。これをアンダーマイニング効果といいます。しかし、人間は生理的欲求を充足させるために動機づけて行動を起こす部分があるため、はじめは外側からの働きかけによって、やる気を高めることが必要です。その効果は短期間といわれていますが、次に解説する内発的動機づけへの変化に期待することができます。その方法は「褒める」ことによって高いモチベーションになるといわれています[3]。
さらに達成動機づけの、アメリカの心理学者ロックが提唱した目標設定理論では、目標設定によってモチベーションが左右されると言われています。ここで大切なことは目標を具体的にし、自分自身が受け入れていることが前提となります。そのため他者から押し付けられた目標ではモチベーションの向上は望めません。
内発的動機づけとは、自己から起こるやる気です。外側から働きかけているのではなく自ら進んで取り組む「自律性」や、自分ならできるという「有能感」、認めてもらい受け入れる「関係性」の3つの喜びがあるといわれています。
内発的動機づけは自身の持つエンゲージメントを促す働きがあるといわれています。外発的動機づけに比べて、やらされているのではなく自ら決定し、手段ではなく目的として意欲的に取り組むことができます。例えば、病棟で何か役割を任せられたことで責任ややりがいをを持って取り組むことができたり、上司から期待されることでその役割を果たそうとしたり、こうした自発的な意欲は、楽しさややりがいなど、ポジティブな感情を持ちながら課題に没頭できるので、必然的に質の高い心理状態を作り出すことができます。結果、看護を楽しみながら働きがいを感じ、”いきいき楽しく働く”行動につながっていきます。
人間関係における問題や破綻は、多くはコミュニケーション不足が原因といわれています。人間関係の構築そして信頼関係を作るにはより良いコミュニケーションが重要です。人は自分の存在を認めてもらいたいという欲求があります。心理学者アブラハム・マズロー(Abraham Harold Maslow)によると、人は自己実現に向かって絶えず成長すると仮定し、人間の基本的欲求を5段階にあらわしました。承認欲求は第4段階にあたり、他人に認めてもらいたい、尊敬されたいなど、名声や地位によって満たされますが、他者からの評価だけでなく、自分は価値ある存在であると認めることが大切だといわれています。そのためにも定期的な1on1ミーティングで話し合う機会を設けたり、目標に向けた取り組みや成果を承認し、フィードバックすることでモチベーションにつながります。
一方では、日常的に褒めたり、感謝の言葉を伝えることをコミュニケーションのなかに取り入れることは、個々のエンゲージメントが向上し活力につながります。
また、信頼関係に基づくコミュニケーションは、質の高い看護サービスにつながるとともに仕事への達成感ややりがいを生みます。それが組織全体の意欲を高めることにつながっていくのです。
自己裁量権とは、内発的動機付けの自立性にも通じ、自分で判断し、処理することです。すなわち意思決定権があることを意味します。裁量権を高めることは任せる役割を増やすことですが、ただ単に役割を与えるのではなく、新たな役割を任せたうえで、取り組んでいることを認めていくことで、本人の活力となり、モチベーションの向上につながるといわれています。
例えば、担当患者さんのケアについて、自分でチームに提案したことを、その担当看護師に任せて、実践させ、評価につなげると、看護師として担当患者さんのケア全般を任せられた責任ややりがいにつながります。そして、ケアを通して患者さんの回復力を助けることで、患者さんからよい反応が得られたり、上司から褒められたりすることによって、働きがいや自己の存在価値を感じることができます。また、委員会などの役割を任せ、業務リーダーの役割を担う場合など、自由に裁量できる権利を得ることで、自信につながり、組織からの期待を自覚することで、エンゲージメントが高まります。
自己効力感とは心理学者アルバート・バンデューラ(Albert Bandura)氏が提唱した概念です。これも内発的動機付けの有能感に通じ、自分がある状況において必要な行動をうまく遂行できると、自分の可能性を認知できるとされています。自己効力感を高めるには、実現可能な成功体験を積み重ねることで「できるかもしれない」という実感を強く引き出していくことだといわれています。またそれを周囲が認めることでも自己効力感を高めます。一人ひとりの自己効力感の向上が組織全体のモチベーションをアップさせるといえます。このように高いモチベーションと高いエンゲージメント状態であると、レジリエンスも高くなりポジティブな思考にシフトすることができます。
レジリエンスとは回復力、跳ね返す力などを意味し、まさに逆境をバネに飛躍するといった意味合いがあります。例えばつらく悲しい体験をしたり、心が折れてしまう出来事に遭遇したりしても、逆境や困難に押しつぶされることなく順応できる適応力を持つことです[4]。自分でできるという期待や自信があると、どんなことも前向きに取り組むことができるので、成功体験が得やすいといえます。
帰属意識とは、ある集団に所属しその集団の一員であるという意識を持っていることをいいます。「この部署で働きたい」「このチームでありたい」といった思いを持っているチームはまとまりやすくなります。例えば、好業績を生み出して上司から褒められたり、患者さんから感謝の言葉をいただいたりすることで、自分の組織を誇りに思うようになります。そしてその組織に所属する自分にも自信がつくことで組織への愛着、いわゆるエンゲージメントが高まります。
エンゲージメントの高い看護師は、仕事に誇りを持ち熱心に取り組むことができます。しかし専門職であるがゆえに、責任感や使命感が強いため疲労が積み重なりやすくメンタルの不調が出やすい職種です。2017年日本医労連は、仕事の達成感について調査を実施しました。「十分な看護ができていますか」の問いに対して「できている」は14.7%。「できていない」は50.8%との結果になりました。また仕事のやりがいについては、「少し感じる」は56.8%「強く感じる」は11.1%、「全く感じない」は8.5%でした。こうした大きな理由の一つには、日々の業務の忙しさに追われ、理想の看護が実感しにくくなっていることが伺えます[5]。
そのためにも、レジリエンスを高め、いかに意欲や働きがいを得ていくのかが課題であり、そこにはモチベーションやエンゲージメントの向上が求められます。看護の仕事に誇りを持ち、前向きな働きぶりは周囲の看護師に大きな影響を与えます。このようなロールモデルとなる看護師から影響を受けることで自己を反省し、理想の自分に近づくためにキャリアビジョンを設定します。目標設定を行うことで看護実践力が高まり、自己の成長力を得ることができます。それが看護の楽しさややりがい、喜びとなり、質の高い看護の提供にもつながるといわれています。
エンゲージメントの高い人と一緒に働くと、コミュニケーションを通じて無意識のうちに動機づけや意欲などの影響を受けることがあります。すると楽観的な気持ちになったり、熱意が出てきたり、仕事に対して意欲的に取り組むようになるといったいわゆる伝播した状態になります。これを情動伝播といいます。このように個々の意欲が高まると、組織全体に伝染し全体のパフォーマンスが上がります。
組織の活性化はリスクマネジメントの未然防止になるといわれ、医療安全の向上かつ、患者さんに質の良い看護を提供することができると、患者満足度につながります。
こうしたポジティブな循環は一度起き始めると永続的に続くといわれています。すなわち、エンゲージメントを高めるための組織的介入方法を導入することで、看護師のモチベーション、エンゲージメントの永続的な向上につながります。
モチベーション、エンゲージメントを高めることで、病院の課題である看護師の定着率、患者満足度など様々な問題をクリアすることができるかもしれません。
看護師のモチベーション、エンゲージメントを高めることは、組織全体のやる気を高めることにつながります。かつ、質の良い看護サービスを提供することで患者満足度につながり病院全体のパフォーマンスが向上することが可能だといえます。そのためにも、高頻度に継続的なモチベーション、エンゲージメントの測定を実施し、看護師一人ひとりの個性やスキルを把握し管理することが大切です。個々の状況に合わせた対応や適切な評価を行うことで、高いモチベーション、高いエンゲージメントにつながります。
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