看護師を定着させるにはどうすれば良いのでしょうか?
日本看護協会は,「2019 年 病院看護実態調査」[1] のなかで,回答病院全体における 2018 年度の正規雇用看護職員の離職率は 10.7%,新卒採用者の離職率は 7.8%,既卒採用者の離職率は 17.7%であったと報告しています.
看護師の年収が500万円だとして,年収の20%を手数料としてあっせん会社に支払わなくてはならないとすれば,看護師の採用には,1名あたり100万円程度のコストがかかります.これだけのコストをかけて採用したにも関わらず,数年足らずで次々に辞められてしまうと病院経営は逼迫してしまいます.
本稿では,マグネットホスピタルについて紹介します.マグネットホスピタルとは,看護師不足が深刻だった1970年代から1980年代のアメリカにおいて,「看護師を惹きつけ,高い定着率を維持している魅力的な病院」を調査することで生まれた概念です.
以下,マグネットホスピタルの生まれた背景からマグネットホスピタルがもたらす好循環について記載しています.看護師定着率向上ひいては病院経営改善のヒントになれば幸いです.
そもそも,マグネットホスピタルとはどのような概念なのか?ここでは,その誕生背景と重要な考え方について紹介します.
米国では,1970年代から1980年代にかけて,深刻な看護師不足に悩まされていました.これには,いくつかの理由が考えられますが,その一つが,社会保障制度改革にあると考えられます.1965年,時の大統領であるリンドン・ジョンソン大統領は,高齢者等 の医療を保障するメディケア(Medicare : Medical + Care)や低所得者に医療扶助を行うメディケイド (Medicaid : Medical + Aid)といった公的医療保障制度を新たに制定しました.日本のような国民皆保険制度がない米国は,個人が自ら私的な保険商品を購入して加入しなければなりません.特に,メディケア・メディケイド政策が施行される以前は,高齢者および低所得者層は十分な医療サービスを受けることができませんでした.それが一転して,週や連邦政府が費用を負担する医療保障制度ができたため,これまで医療サービスを受けることができなかった層(特に,低所得者層)が病院に殺到する状況になりました.これが原因で,医療サービスの需要が急激に増加し,相対的に看護師が不足することとなりました.この構造は国民皆保険制度を導入している日本にも当てはまるかもしれません.そして,医療の高度化に伴い,私的な保険商品の価格が年々高額になり,メディケイドの対象者は増加の一途を辿り,看護師不足の問題もますます深刻化していきました.
看護師が不足する状況で,病院では看護師の確保が死活問題となりました.こうしたなか,高い定着率を誇る病院がいくつかあったようです.米国看護アカデミーはそれらの病院を全米に渡って調査し,共通する特徴を見出そうとしました.そして,1994年から,米国看護認証センターは「看護師を惹きつけ,高い定着率を維持している魅力的な病院」に対してマグネットホスピタル(2008年からはマグネットファシリティ)の称号を与える認定制度を開始しました.認定施設は,2000年13施設から2020年9月現在530施設まで増加 [3] しています.この増加傾向の要因は,マグネットホスピタル認定による効果が顕著に見られるからであると言われています.たとえば,以下のような効果が期待できるとされています [4].
看護師の退職理由は人それぞれですが,大きく分けると以下の5つが挙げられるかと思います.
これらの退職理由について,詳細に知りたい方はこちらも参照してください.
なぜ辞めてしまうのか?看護師の離職率が高い5つの理由とその解決策
定着率の高い魅力的な病院へと生まれ変わるためには,上記の退職理由を分析し,その要因を現場から取り去る努力が必要です.すなわち,適切な評価指標に基づいて強靭なチームをつくることが求められます.
マグネットホスピタルは,14項目のマグネティズム評価指標 [2] に基づいて評価されます.下記にその一覧と説明を示しました.これらの指標に基づいてチームを改善していくことで,看護師が定着しやすい病院へと変わっていくと考えられます.
マグネットホスピタルの定義は「看護師を惹きつけ,高い定着率を維持し ている魅力的な病院」でした.しかし,惹きつけるのは看護師だけではありません.看護師が生き生きと働く病院には,患者も定着するのです.ここでは,マグネットホスピタルがもたらす好循環について紹介します.
看護部の中心メンバが定着することになれば,必然的にケアの質が安定し,医療安全も高まります.すると,患者の間で,その良質な看護が評判となり,患者が集まってくるようになります.米国ミネソタ州にロチェスターという町があります.このロチェスターという町は,居住人口約10万人に対して,年間の訪問人口が約300万人となっています [5].そのうち,約120万人はメイヨークリニックという病院に来院している [6] というのだから驚きです.まさに,マグネットホスピタルと言えます.
患者が集まれば,診療の数も自ずと増えます.病院の利益の源泉は診療にあるわけですから,患者が増えることで病院の利益が増えることは自明の理と言えるでしょう.
病院の経営が改善して,看護師の昇給やボーナスUPがあれば看護師の働きがいも向上するでしょう.働きがいの向上は,インシデント/アクシデントの発生確率を下げ,ケアの質を向上させます.すると,そのことが再び患者の間で評判となり,患者を呼び込むことに繋がるのです.
看護師を定着させるマグネットホスピタルについて紹介してきました.マグネットホスピタルは,看護師を定着させるだけでなく,患者までも定着させます.患者の定着は病院の経営改善に繋がり,それが看護師の働きがいを高め,ケアの質が向上し,さらに患者を定着させます.マグネットホスピタルを目指すことは,強靭な看護チームを作るだけにとどまらず,病院経営の改善にも繋がるということをご理解いただけたかと思います.
Epigno Journalでは,これからの医療を支えるTipsを紹介しています.ぜひご覧ください.
American Nurses Credentialing Center, “Find a Magnet Hospital or Facility,” https://www.nursingworld.org/organizational-programs/magnet/find-a-magnet-organization/, 2020/09/02 アクセス.
American Nurses Credentialing Center, “Why Become an ANCC Magnet Recognized Organization?,” https://www.nursingworld.org/organizational-programs/magnet/about-magnet/why-become-magnet/, 2020/09/02 アクセス.
Mayo Clinic, “Mayo Clinic Facts,” https://www.mayoclinic.org/about-mayo-clinic/facts-statistics, 2020/09/02 アクセス.