2024年の施行が迫る、医師の働き方改革。
働き方改革関連法自体は2019年4月から適用が開始されていますが、建設・自動車運転・医師のみが「猶予期間」として5年が与えられました。しかし2024年もあと2年後に迫り、具体像が決まりつつあります。実際に2022年診療報酬改定でも、医師の働き方改革に関する項目が評価に加えられました。
しかしCOVID-19などにより、医療逼迫とも言える状況が起きている現在、その取り組みが進んでいないのも現実です。医療機関で重要な業務を担う医師の働き方改革には、病院全体での取り組み、タスクシフティング、他業種の理解なども必要であり、2024年の施行に向けて早急な対策が必要になっています。
本稿では、医師以外の働き方改革にも触れつつ現状を整理し、今後必要な対策、その方法論などについて考えていきます。
第1回では働き方改革の基本、第2回では医師の働き方の現状について整理しました。
第3回では、いよいよ「医師の働き方改革」の全体像を整理していきます。
医師の働き方改革は、「良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律」(令和3年5月28日公布)が根拠法となり進められています。つまり既に公布された法律であり、ここに記載されていることは今後進められることが確実ということです。
また、法律の名前からわかるように、「医師の働き方改革」のみではなく、「医療提供体制」全体に関わる取り組みとして扱われていることが伺え、この法律の中には「共用試験(いわゆるCBT/OSCE)の位置付けの明確化」「新興感染症への対応」なども含まれています。
上図は中央社会保険医療協議会が掲げる、医師の働き方改革の全体像です。医療機関を中心に描かれてはいますが、「住民の適切なかかり方」「医療機関勤務環境評価センター」などの外部機関についても明示されており、医療機関単体の取り組みならず、全体の取り組みとして進められていることが伺えます。
ここでキープレイヤーになる機関・名称がいくつかあるので、整理しておきます。
医師をやむを得ず長時間の業務に従事させる必要のある病院又は診療所、つまり後述のB・C基準に合致する医療機関であり、都道府県知事が指定します。
上記の特定労務管理対象機関に指定される前に、医療機関はこのセンターの評価を受審する必要があります。センターは労働時間短縮のための取り組みの状況などについて評価・助言・指導を行い、またこの結果を病院管理者と都道府県知事に通知、都道府県知事は結果を公表するという流れになっています。
センターの指定は厚生労働大臣が行い、社団法人・財団法人が対象、現時点では日本医師会が指定されています。
各都道府県が設置しており、各医療機関が勤務環境改善に取り組む際の支援を行っています。改正医療法により創設された「勤務環境改善マネジメントシステム」の手引きや支援ツール(https://iryou-kinmukankyou.mhlw.go.jp/outline/download)の公開・調査・支援の案内をしており、働き方改革に取り組みにあたっての様々な支援を得ることができます。
具体的な名称や内容は策定中ですが、「高度技能の獲得を目指す医師」を対象としたC-2水準(詳細は次項説明)の審査を行う機関です。
これらの名称・機関は改正医療法により創設され、働き方改革に向けて徐々に体制が整いつつあります。
また医師の働き方改革は地域医療構想や医師偏在対策とも深く関連し、各医療機関がそれぞれ独自に取り組むのではなく、地域単位でのグランドデザインとして描くことも重要なことは言うまでもありません。
医師の働き方改革において一番の要点であり、目を引くのは「残業時間規制の問題」でしょう。ご存知の方も多いかと存じますが、2024年4月以降、A/B/連携B/C-1/C-2水準という分類がすべての医療機関を対象に設定され、この分類に応じた残業規制とそれに伴う健康確保措置が求められます。
A水準は「医療機関に適用される一般的な特例」であり、他の水準に当てはまらない医療機関が全て該当し、年960時間が上限となります。
B水準・連携B水準は「地域医療確保のための暫定特例」であり、地域医療に欠かせない機能を有している医療機関が該当し、年1860時間が上限となります。B水準ではその医療機関自体、連携B水準では医師の派遣を通じて、この体制を確保するのに必要な役割を担う医療機関が該当します。
C水準は「医師の集中的技能向上のための特例」であり、一定の研修プログラムが存在する初期研修医・専攻医がC-1水準、6年目以降で高度技能の育成が必要な医師がC-2水準に該当します。
B・C水準の概要については次回解説し、今回はすべてに共通する部分について解説していきます。
働き方改革では「どの水準になるのか」が注目されがちですが、A水準を基本として、全ての医療機関に対して様々な取り組みが要求されています。
今回はまず、B・C水準などに関わらず多くの医療機関に求められる措置について解説し、次回以降、B・C水準について解説していきます。
A水準は、「他の基準に該当しない医療機関」がすべて分類されます。今後医師に対してはこの残業規制が適用される、逆に言えば特に審査や認定は不要であり、この水準の病院においては誰一人として960時間を超える勤務を行うことは認められません。
ただこれを、「960時間までなら、特に取り組むことはなく、従来どおりで良い」と考えるのは問題です。
まずA水準ですら労働基準法における通常の労働規制は超えています。これまで解説してきたように、既に施行されている医師等以外の働き方改革では、「原則月45時間・年360時間」であり、「臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合には、年720時間以内、かつ月100時間未満・2~6ヶ月の平均が80時間未満」です。また月45時間を超えて良いのも年6ヶ月までです。
これに対しA水準は「臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合に、年960時間・月100時間未満が認められる」のであり、この上限規制を既に上回っているのです。だからこそ「医療機関に適用される一般的な『特例』」という名称になっており、あくまで特例扱いなのです。
これは医師の勤務の公共性や、医療体制の維持という目的の上認められているものではありますが、だからといって「この上限までは何も問題なし」ではありません。もし月100時間が複数月継続した場合、一般的な「過労死ライン」は超えており、これによる死亡などが起きた場合は過労死認定される可能性は十分にありえます。
このため、月100時間を超えた場合には後述する「追加的健康確保措置」が必須とされ、他業界に比べてこの点ではより厳しい対応が求められているのです。
先程の図にあるように、全ての水準で月の残業時間の上限は100時間と設定されています。ただし「(例外あり)」と付記されているように、一定の措置を行うことによりこれを超えた場合でも法律違反とはならないとされ、この「追加的健康確保措置」が「面接指導+就業上の措置」となります。
ここではまず「就業上の措置」について解説します。
この措置は先述した「連続勤務時間上限」と「勤務間インターバルの確保」になります。A水準の場合、これは努力義務ですが、B・C水準の対象者は義務となり、これを行うことが残業時間規制を緩和する条件になっています。
具体的には、連続勤務時間は労働基準法上の宿日直許可を得ている場合を除き、28時間が上限になります。つまり当直を行う場合、翌日は当直終了時(翌日日勤開始時)から4時間以内に勤務を終了しなくてはなりません。そして当直明けについては、勤務間インターバルは18時間の確保が必要とされています。
当直以外の場合にも勤務間インターバルは設定されており、これが9時間となっています。翌日の勤務が朝8時からの場合には、前日の勤務は23時までには終えていなければならないということです。
ただし、やむを得ない事情でこの連続勤務時間制限・勤務間インターバルを実施できなかった場合、代償休息を付与することで代替することができます。代償休息は「勤務間インターバルの延長」もしくは「所定労働時間中における時間休の取得」で行い、「該当勤務の発生後、できるかぎり早く付与する」ことと、「オンコールからの解放などにより、仕事から切り離された状況を設定する」ことが求められています。
なお、C-1基準が適用される臨床研修医についてはより厳しい措置が定められており、「連続勤務時間上限24時間」かつ、この勤務の後に「24時間の連続した休息の確保」とされています。また代償休息が生じるような勤務は避け、勤務間インターバルの確保を徹底することとされています。つまり通常の勤務は15時間以内とし、9時間の勤務間インターバルを必ず確保すること、そして当直などの場合の連続勤務時間は24時間、つまり当直明けの勤務は認められないということになります。
次に月の残業時間が100時間を超える場合の「面接指導」について解説します。
この「面接指導」について、医師は「月の残業時間が80時間を超える前後」かつ「100時間になる前」に実施することが求められています。通常の長時間労働面談は「80時間を過ぎたら本人への告知と面談勧奨」であり、面談は80時間を超えた場合、かつ本人が希望した場合のみとされていますが、医師においては義務、かつ「100時間を超えたら面接を行う」ではなく、「超えることが想定される場合には超える前に面接を行う」ことが求められています。
また面接の前に「睡眠及び疲労の状況の事前確認」を行うことが求められており、A水準ではこれにより疲労の蓄積が予想された場合に早めの面接が求められていますが、B・C水準では同時に行ったり、定期的に行うことも認められています。
また実施者は「産業医もしくは一定の研修を受けた面接指導実施医師」とされており、上司は避けることが望ましいとされています。また「一定の研修」の内容については今後定められる方針となっています。
第1回目の記事でも記載しましたが、「時間外労働の上限規制」以外については、医師も他職種と同様の働き方改革が既に適用されています。
つまり、
については医師でも遵守する必要性がありますし、むしろ上限規制が緩和される以上、より強く守られる必要があります。
なお働き方改革以前の問題として、労働基準法・労働安全衛生法において明記されている
が、これまで医療機関、特に医師においては曖昧で遵守されていないことが多い点がありましたが、今回の働き方改革でB・C水準の指定要件に含まれたため、今後より厳しくチェックされることが予想されます。
今回は医師の働き方改革について、その全体像と、全水準で求められる取り組みについて整理しました。
医師の働き方改革は2024年4月から施行されますが、これは「2024年4月から、B・C水準の指定を受けていない医療機関は全て960時間が上限となる」という事です。B・C水準に指定されるためには医師労働時間短縮計画の策定・実施が必要であり、2024年4月より前に取り組みを開始している必要があります。またB・C水準に指定されていない医療機関・診療科については、一切960時間を超えることはできなくなります。
先述したように、既に医療機関勤務環境評価センターの運用が開始されていることから、該当する医療機関は2023年4月には取り組みを開始し、第三者(センター)による審査・都道府県による指定を受けなくてはなりません。また960時間以内に収まる場合にも、適切な労務管理を行った上で、960時間以内である事を示す必要があります。
つまり2022年の今、既に計画の作成に向けて、現状の把握・準備を始めていなければ危機的という事です。
次回はこのB・C水準、並びにそれに関わる医師労働時間短縮計画について詳しく解説していきます。
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(1) 厚生労働省, “医師の働き方改革の推進に関する検討会”
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_05488.html
(2)厚生労働省, “中央社会保険医療協議会 総会(第484回) 議事次第”
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000212500_00099.html
(3)公益財団法人 全日本病院協会, “医師の働き方改革の経緯と概要、施行に向けた取り組み”
https://www.ajha.or.jp/news/pickup/20220301/news08.html
(4)医道審議会医師分科会 医師臨床研修部会, “医師の時間外労働の上限規制における臨床研修医への対応について”
https://www.mhlw.go.jp/content/10803000/000835259.pdf
(5)岡山県医師勤務環境改善支援センター. “ここがポイント!医師の働き方改革”
https://www.okayama.med.or.jp/special/iryoukinmu/useful_information.html
(6)厚生労働省, “医療従事者の勤務環境の改善について”
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/quality/