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2024年に迫る、医師の働き方改革の要点は?「医師の働き方」の現状と問題点

執筆者:平野 翔大 産婦人科医/産業医/医療ライター

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2024年の施行が迫る、医師の働き方改革。

働き方改革関連法自体は2019年4月から適用が開始されていますが、建設・自動車運転・医師のみが「猶予期間」として5年が与えられました。しかし2024年もあと2年後に迫り、具体像が決まりつつあります。実際に2022年診療報酬改定でも、医師の働き方改革に関する項目が評価されています。

 

しかしCOVID-19などにより、医療逼迫とも言える状況が起きている現在、その取り組みが進んでいないのも現実です。医療機関で重要な業務を担う医師の働き方改革には、病院全体での取り組み、タスクシフティング、他業種の理解なども必要であり、2024年の施行に向けて早急な対策が必要になっています。

 

本稿では、医師をはじめとした医療業種の働き方の現状を整理したうえで、働き方改革の適用に向けて必要な対策などについて考えていきます。

第一回は、医療業種にかぎらない、働き方改革の基本を解説しました。

第二回は、医師の働き方の現状や今後の動向、そこで考えられている課題などについて整理していきます。

今までの医師の働き方

医師の勤務実態

一般的に激務といわれる医師の労働。実際に平成24年の就業構造基本調査(1)において、「週の労働時間が60時間を超える雇用者の割合」が最も多いのが医師であり、41.8%にも達します。さらに75時間を超える比率も医師では17.2%と、労働者平均の約6倍に達します。


平成28年度「医師の勤務実態及び働き方の意向に関する調査」(2)においても、病院常勤勤務医の20代~40代男性においては週の平均労働時間が60時間を超えており、これは時間外労働に換算すると80時間/月、いわゆる「過労死ライン」を超える異常な長時間労働が常態化しているのが読み取れます。

 

特に救急科・外科系・産婦人科・臨床研修医では全体でも平均労働時間が週60時間近く(2)となっており、過酷な現状が見て取れます。また連続勤務時間についても、32時間以上と答えた医師が6割を占めており、通常勤務から当直を経て、更に日中勤務などをしている医師が多く存在することも伺えます。


勤務医個人を対象としたアンケート調査(3)においても、労働時間について「とても長い」「長い」と回答した医師が7割を、「もっと減らしたい」「少し減らしたい」という回答も同様に7割を占め、主観的にも長時間労働を感じている医師が多いことが伺えます。

ただこの状態は徐々に改善傾向にあり、平成28年度(2)から令和2年度(4)にかけて、「時間外労働が年1860時間を超えると推定される医師がいる病院の割合」は全体で27%から21%に、許可病床400床以上では71%から39%に減少しています。働き方改革施行前からしっかり取り組む医療機関が見られる一方、未だに時間外労働の問題は根本的解決からは程遠い状況にあります。

長時間労働の問題点

そもそも、なぜ長時間労働は問題なのでしょうか。本項では「過労死ライン」を参考に、時間外労働・連続勤務が心身に与える影響を整理します。
前回の記事において、月間45時間・80時間・100時間という残業規制時間を紹介しましたが、ここで規制が設けられたり、産業医面談が組まれる根拠となっているのが「過労死ライン」です。

「過労死」とは「業務における過重な負荷・心理的負荷」により、「脳血管疾患・心臓疾患・精神障害」を原因として死亡することを指し、労働災害の認定において、過労死・過労自殺との因果関係が生じると強く推定される時間が「過労死ライン」です。

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具体的には、労働基準局長通達で

・発症前2ヶ月~6ヶ月の平均時間外労働時間が80時間を超える
・発症前1ヶ月の時間外労働時間が100時間を超える

と示されています。(5)(6)
またこの通達では、発症前1ヶ月~6ヶ月の間に、時間外労働時間が45時間を超えると、労働と発症の関連性が強まっていくということも示されており、これが「時間外労働45時間規制」の根拠にもなっています。

この過労死ラインを基準として働き方改革は進められており、もちろん医師も同じ労働者である以上、例外ではありません。

また2021年9月には20年ぶりに「脳・心臓疾患の労災認定基準」が改正され、過重労働に「休日のない連続勤務」や「勤務間インターバルが短い勤務(おおむね11時間未満)」が追加され、「過労死ラインを超えていなくても労災と認める場合がある」ことが明記されました。特に勤務間インターバルについては医師の働き方改革でも言及されており、このような論拠となるデータ・法について知っておくのは重要です。

医療安全という面からも、長時間労働は問題となります。
有名なのが1997年にNature(7)で示された論文で、連続勤務24時間のときの認知・精神運動能力は血中アルコール濃度0.10%に相当するレベルまで落ちる(酒気帯び運転が0.03%)ことが示されています。「当直明けの医師は酔っているのと一緒」というのはここから言われることが多いようです。


また1998年にもLancet(8)で「当直明けの外科医の執刀は、腹腔鏡手術において手技エラーを増やし、操作時間を延長させる」という論文が出ており、当直明けの連続勤務が医療安全にも関わることが示されました。
医療過誤は病院の信頼にも関わる上に、金銭的にも大きなリスクであり、病院のリスク管理という面からも、可能な限り長時間労働や頻回の当直業務は避けるべきであることがわかります。

日本での過労死に関わる裁判例

実際に日本でも医師の過労死が裁判で争われた例が存在します。

平成13年の大学院生医師が交通事故で死亡した事例(9)では、事故前4週間の時間外勤務が200時間を上回り、直前も朝まで睡眠のない勤務であったことと事故の因果関係が認められ、大学の安全配慮義務が指摘されました。また大学の「大学院生であり、労働基準法の対象外である」との主張も退けられ、後ほど文部科学省から「診療業務の一環として従事する場合には雇用契約の締結が必要」という通達が出されました。

皆さんがご存知の事例も多いかと思いますが、これまでの医師の過労死の判例において、「医師の労働者性」「勤務状況を把握する必要性」「状況に応じて業務軽減措置などを図る安全配慮義務」が認められており、医師が健康管理の専門職であることを含めても、過労死基準について他労働者と別基準を設けることは妥当ではないとされています。

今回の働き方改革においては医師の時間外労働規制は一般労働者より大幅に緩く設定されていますが、過労死の基準などが変えられている訳ではなく、より強い健康確保措置などが求められていることを理解する必要があります。また、これを十分に施行しなかった場合、病院の安全配慮義務違反が問われることもあります。

現在考えられている課題

ここまで長時間労働の問題点を整理してきましたが、医師の長時間労働が常態化する原因は以下のようなものが挙げられています。(10)

・緊急対応
・記録・報告書作成や書類の整理
・手術や外来対応等の延長
・会議・勉強会・研修会等への参加

また時間外労働の申告についても、約5割の医師が正しく申告しておらず、その理由も「残業と認められない業務だから」「申告できる残業時間の上限が決まっているから」など、労務体制そのものの問題も見受けられます。

緊急対応や延長が常態化する際に必ず話題にのぼるのが「応招義務」です。しかし応招義務は労使協定・労働契約の範囲を超えた診療を正当化する根拠ではない、ということは令和元年の医政局通知(11)において示されており、今後、医療機関は適法な労働量に収める必要があります。

またタスクシフティングは医師の働き方改革においてキーワードの一つとされていますが、その実践も進んでいません。医師事務作業補助者は令和2年度診療報酬改定においても評価されていますが、診療看護師(ナース・プラクティショナー)の設置などは進んでおらず、書類以外での業務軽減は未だに進んでいないのが実情です。

今回は本題ではないため割愛しますが、医師の地域・科目偏在も長時間労働の原因とされており、個々の医療機関の問題としてだけではなく、医療介護連携・医療圏のマネジメントや国民の関わり方含め、様々な課題を解決していくことが重要なのは言うまでもありません。

医師を取り巻く動向と求められている働き方改革

医師の人数の変遷

2018年末時点で医師は33万人程度存在しますが、うち女性医師は21.9%を占め(12)、皮膚科・眼科・麻酔科・小児科・産婦人科などでは多い反面、救急科・外科・泌尿器科・脳神経外科・整形外科などでは低く診療科での偏在が問題となっています。

また女性医師の就業率は医籍登録後12年に73.4%と落ち込み、その後回復する「M字カーブ」を描いており、妊娠・出産によるキャリアの中断が見られます。

 

実際に出産・育児で休職・離職する女性医師が1割近くおり、これらの医師は専門医資格の取得率が有意に低い(2)反面、男性医師は8割以上が出産後も働き方を変えておらず、女性医師にとってキャリアの壁・マミートラックが存在することが伺えます。

医師不足といいつつも、労働力としての女性医師を十分に活用できていないのも現状であり、今後女性医師が増え続ける中で、妊娠・育児との両立ができる体制づくりも求められています。

診療報酬などからみる動向

厚生労働省は地域医療計画・病床機能報告・医師確保計画などを通じ、「医療計画」として全体の医療需要の変化に対応した医師の適正な働き方を進める方策を示しています。2024年度~2029年度の方針をまとめた「第8次医療計画」では、医師の働き方改革についても大きく言及されています。

日本全体の人口動態としても、2015年まで顕著であった「後期高齢者の急増」から、2025年以降は「生産年齢人口の急減」に主軸が移り、特に地方でこの傾向は顕著になります。入院患者・外来患者は減少局面に転じる反面、在宅患者は増大するなど、医療ニーズが大きく変化することが見込まれています。(4)

この様な人口動態・医療ニーズの変化を根拠に、医療計画としても「機能分化」と「病院間連携」が大きなポイントとされています。同時に高度急性期医療を担う医療機関に対しては、医師の労働時間短縮に向けた取り組みが要求されています。

大きなポイントは、地域医療体制確保加算の算定要件に、「医師労働時間短縮計画作成ガイドライン」に沿った計画の作成が追加されたことです。詳細は次回以降説明しますが、医師の働き方改革において特例的に1860時間の時間外労働が許されるB水準・連携B水準に該当する病院も、この対象に含まれるため、これらの病院は既に労働時間短縮への取り組みが要求されているということになります。

また夜間休日の手術などについては、「手術及び処置の休日加算1・時間外加算1・深夜加算1」の算定要件に「手術前の当直日数の制限」が追加され、当直後勤務などについて抑制が図られています。加えて、夜間の看護師の処遇も引き上げられ、施設基準に「11時間以上の勤務間隔の確保」または「連続する夜勤の回数が2回以下」が追記されるなど、連続勤務・インターバルなどの労務管理も医療機関には要求されています。また医師事務作業補助者についても改定が行われ、設置が評価されるようになっています。

このように、診療報酬上も医師の働き方改革は進められていますが、特筆すべきはそこに看護師など多職種の処遇改善や労務管理も含まれてきている点です。医師の労務環境改善には多職種へのアプローチも不可欠であり、病院全体を挙げて労務管理や人員配置について見直しをする必要が生じてきています。多職種の労務改善などにおいてはEpignoのプロダクトもご参考にして頂けますと幸いです。

まとめ

今回は医師の現在の労働体制、そしてその問題点について整理しました。また今後、日本の人口構造の変化に伴い、医療需要が変化し、それを見据えた動きが行われていることについても触れていきました。
次回はいよいよ、医師の働き方改革について詳しく解説していきます。

おわりに

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出典

(1) 総務省統計局, 平成24年度就業構造基本調査. 2011/10/1.
(2) 厚生労働省医政局 厚生労働科学特別研究「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」研究班, “医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査”, 2017/4/6.
(3) 厚生労働省 勤務医に対する情報発信に関する作業部会, 「勤務医に対するアンケート調査の結果について」. 2022/1/24.
(4) 厚生労働省 第3回地域医療構想及び医師確保計画に関するワーキンググループ, 「第8次医療計画、地域医療構想等について」. 2022/3/2.
(5) 平成13年12月12日付け基発第1063号厚生労働省労働基準局長通達, 『脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について』.
(6) 平成23年12月26日付け基発1226第1号厚生労働省労働基準局長通達, 『心理的負荷による精神障害の認定基準について』.
(7) Dawson D, et al. “Fatigue, alcohol and performance impairment”. Nature, 388(17):235 1997.
(8) Taffinder NJ, et al. “Effect of sleep deprivation on surgeons' dexterity on laparoscopy simulator”, Lancet. 1998;352:1191.
(9) 松丸正, “医師の過労死の現状と裁判事例”. EPILOGI. 2018/9/11. https://epilogi.dr-10.com/articles/3106/, 2022/05/01閲覧.
(10) 厚生労働省 医療分野の勤務環境改善マネジメントシステムに基づく医療機関の取組に対する支援の充実を図るための検討委員会, 「医療分野の勤務環境改善マネジメントシステムに基づく医療機関の取組に対する支援の充実を図るための調査・研究事業報告書」. 2020/3.
(11) 厚生労働省医政局長通知 医政発1225第4号, 「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」. 2019/12/25.
(12) 厚生労働省, 「医師・歯科医師・薬剤師調査統計」. 2018/12/31.
(13) 厚生労働省 医師の働き方改革に関する検討会, 「医師の勤務実態等について」. 2017/8/2.
(14) 中央社会保険医療協議会, 「令和4年度診療報酬改定 個別改定項目について」. 2022/2/9.

 

 

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    執筆者について

    平野 翔大
    平野 翔大
    産婦人科医/産業医/医療ライター 慶應義塾大学医学部卒業後、初期臨床研修、産婦人科専門研修を経て、現在は産婦人科・産業保健に携わりつつ、医療ライターとしても活動。父親の育児/育休支援をライフワークとしつつ、女性の健康・睡眠・ヘルスケアベンチャーなど様々な活動に携わる。資格として健康経営エキスパートアドバイザー・AFP(日本FP協会認定)・医療経営士3級(登録アドバイザー)。
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