「口腔ケアで救える命がある」。そんなキャッチフレーズが医療従事者の関心を引き寄せ、広まりをみせているBOC(Basic Oral Care)。口腔ケアは、その重要性について理解はしていても、系統立てられた教育は少なく、学びの場や最新情報を探すことに苦労している人も多いのではないでしょうか?そうした悩みをすべて解決してくれるのがBOCプロバイダー講座およびBOC公式facebookグループです。実践し学習し続ける大人の学び場となっており、医科・歯科の枠、職場の枠を超えてつながることができる、医療従事者の第3の居場所”サードプレイス”としても注目を集めています。
今回、BOCプロバイダー(口腔ケアの実践・知識提供・継続教育を行う人)として活躍する方たちにお集まりいただき、その魅力と介入による効果、今後の可能性について3回シリーズで迫ります。第1回は医療介護現場における口腔ケアの現状と現場での取り組みについて4名の方たちにお話を伺いました。それぞれのフィールドで口腔ケアの必要性を感じBOCプロバイダーの門を叩いた彼女たちはどのような実践を繰り広げているのでしょうか。
参加者プロフィール
日高 聖子(ひだか・しょうこ)
大阪府の高齢者施設に勤務する介護福祉士。口腔ケアについてもっと知りたいと情報収集していたところBOCにたどりつき、2021年12月にBOCプロバイダーの資格取得。2022年5月からBOCインストラクターの資格取得。介護現場でのBOC実践を目指し奮闘中。
舟久保 えみ(ふなくぼ・えみ)
静岡県の総合病院/大学病院のHCUに勤務する看護師。好奇心旺盛で口腔ケアに興味を持ち2022年2月にBOCプロバイダー資格取得。その後BOCインストラクター資格取得。BOCをテーマにした病棟の勉強会を開催するなど、超急性期におけるBOC介入の大切さを周知している。
岡﨑 麻衣(おかざき・まい)
山口県の医療療養型病棟での勤務中、口腔ケアの正しい知識を求め2019年7月BOCプロバイダー資格取得。2020年4月BOCインストラクター資格取得。現在はフリーランス看護師として地域の福祉の会社に勤務し、地域に寄り添う看護師をしている。地域ができるだけ健康でいられるためのアプローチの1つとして、住民にBOCの大切さを伝えている。
山本 美裕紀(やまもと・みゆき)
福岡県の高齢者施設に勤務する看護師・介護福祉士。もともと介護福祉士をしていたが、施設で働く看護師の姿を見てなりたいと思い看護学校に入学。看護学生時代に自身が口腔がんの当事者となり「食べられない」「義歯をしなければならない」「食べることができないと生きる意欲がわかない」という経験から、2020年12月にBOCプロバイダー資格取得。自身の経験を伝えていきたいとNPO法人を立ち上げ、仕事と並行して子どもたちにがん教育を行う活動もしている。
BOCプロバイダーとは
概要:一般社団法人訪問看護支援協会が認定する資格。病院や在宅医療、訪問介護の現場で基本的な口腔ケアを行う実践者を養成することを目的とする。
講座の対象者:看護師、歯科衛生士、介護福祉士、ケアマネジャーなど
講座内容:今すぐ臨床に取り入れたい口腔ケアのテクニックや重要性(エビデンス)など、最新の知見を最初に座学で学ぶ。講座受講後はFacebookグループ(BOCプロバイダー公式グループ)に招待され、グループ内で行われる勉強会(ベーシックからアドバンスまで)すべてに参加できるなど、継続した学習環境が整っている。受講料は29,800円。
資格取得人数:2022年12月5日現在で約1300名
公式サイト:https://boc-provider.info/
口腔ケアは後回し?医療介護現場における口腔ケアの課題とは
ーーー口腔ケアは医療・介護で日常的に行われているケアの1つですが、ふと立ち止まって考えると実はあまり大事にされていない印象もあります。皆さんが現場で感じる口腔ケアの課題はどのようなものがありますか。
船久保:口腔ケアに対する知識の少なさと意識の弱さでしょうか。スタッフは「口腔ケアは大事だ」と頭では理解しているものの、そこから発展して「教える」や「エビデンスを調べて実践する」ことにつながっていないのが現状です。以前勤務していたICUでは「口腔ケアを1日3回やろう」というルーティンがありましたが、正しいやり方やエビデンスを学べる環境はなく、先輩の真似をしてみたり先輩のサポートに入ることが中心でした。
日高:学生時代には、教科書の口腔ケアに関する記述はほんの1~2ページで、しっかりと教育を受けた記憶はあまりありません。入職してからも口腔ケアの研修はありましたが「義歯を洗う」「歯磨きをする」という行為に視点が当たったもので、「総入れ歯の人はスポンジブラシを使うといいよ」といった入居者の方の特性に沿った教育はありませんでした。口腔ケアは、時間がなかったり人手が足りないと真っ先に省かれてしまう、手の抜きどころになってしまうので、そこが課題に感じているところです。
看護学校における口腔 ケア,歯・口腔領域に関する教育についてより、編集部にてリライト
口腔ケアの重要性が叫ばれているものの、看護学校教育における講義時間は上記に示した1993年のデータと比較して増加していない、とBOCプロバイダー講座の監修を務める高丸慶氏は警鐘を鳴らします。
岡﨑:どこで習ったのかわからない口腔ケアの方法が、当たり前に”いつものやり方”になっている現状があります。また、自身がやっている看護と口腔ケアの大切さがつながっている人がほぼいないので、忙しい時は1番に省かれてしまう傾向にあります。病棟で口腔ケアが必要か否かと聞いたらみんな「必要だ」と言いますが、ではなぜ必要なのか、どう疾患につながるのか、という視点での理解が浸透していないところが課題なのかもしれません。
それぞれのフィールドで展開される口腔ケア改革に向けた歩み
---BOCプロバイダーが活躍するフィールドはさまざまです。皆さんはそれぞれの現場でどのような実践をされていますか?
口腔ケアのエビデンスをつくり慢性期病棟で現場の意識改革をはかる
岡﨑:病棟で白ごま油を使った口腔内の保湿※をして乾燥による痂皮や痰の塊がツルンととれる状態まで変化させることで、においが消え、発熱者が少なくなったという結果を得られて、効果を実感しているところです。その経験をまとめ、雑誌「歯界展望」に寄稿しました。こうした実践報告を社会に発信していくこともBOCプロバイダーに求められる役割の1つです。
※ごま油は口腔内の保湿効果が期待でき幅広く用いられています。特に白ごま油は無味無臭で使いやすいとされています。使用の際にはごまアレルギーがないことを必ず確認しましょう。
(窪田晃子ら 口腔乾燥に対する白ごま油の効果 市販の保湿剤との比較, 日リハ看会録, 22:58-60, 2010など。)
口腔内が乾燥している方の舌の上・唇・口の中に3日間白ごま油を塗った前後の変化
また、BOCインストラクターの実践の1つとして「罪深きオーラルケア革命レター」というポスターを作成し病棟の壁に貼って発信をしていました。そこで大事にしたことが、コミュニケーションデザインの視点です。
活用できそうなケアの情報を部屋ごとに描き分けて掲示することにしました。自立されている患者さんの部屋の前には口腔体操のやり方を描いたり、介助が必要な方たちの部屋の前には、誤嚥しない体位や口腔ケアの手順を貼ったり。周回できる病棟構造を活かして、どこを見ても知識が得られるように、患者さんの状態・アプローチしてほしいこと・スタッフへのアドバイスを「BOCミュージアム」と名付けて掲示しました。
実際に病棟の廊下に掲示した「罪深きオーラル革命レター」 (岡﨑さん提供)
口腔ケアが「わからない」から「すごく楽しい」への転換
山本:BOCプロバイダーとなってから、介護スタッフの「口腔ケアがわからない」という現状をどう変えていけばいいか思案していたのですが、社長からの「口腔ケアの知識を伝えれば実践できるようになるのか?」という言葉をきっかけに、口腔ケアの知識に意識を向けるのではなく、利用者さんに意識を向けないと口腔ケアは続かないという考えに行き着きました。
そこで、同じくBOCプロバイダーとして活躍する歯科衛生士の方に協力を依頼し勉強会を開催することにしたのです。講義を聞きながら、スタッフが「あの人にこのケアをしたらきっと改善する」と具体的なイメージができるよう、事前に利用者さんの口腔内情報をすべて伝え勉強会に臨みました。
最初はおもしろくなさそうな顔をして聞いていた介護スタッフから「今日の勉強会はとても楽しかった」という言葉を聞いた時の達成感は忘れられません。次の日から早速利用者さんが食べやすくなるように、食事が楽しみになるように、と学んだことを実践につなげようと取り組むスタッフたちの姿に、大きな1歩を踏み出せたと感じました。
超急性期の現場で足元を踏み固め、未来を動かす力を蓄える
舟久保:私は病棟で勉強会係を担当している立場を活かして、カンファレンスの時間にBOCの必要性やメリット、解剖学、口腔ケアの手順など、基礎知識から実践までを網羅した講義をしてきました。スタッフから「口腔ケアは目がいきにくくなりがちだけど、必要なことだし知識があるとそれを患者さんのケアに展開していける」と言われたことが成果です。
今後もこうした活動を通して少しずつ口腔ケアへの意識づけを進めていきたいと思っています。また、新卒看護師の育成や看護学生の実習指導にも携わっているので、HCUに多い挿管中の患者さんの口腔ケアの大切さについて知識と手技を伝えているところです。まだ始めたばかりの取り組みですが、こうした活動を通して少しずつ種まきをして口腔ケアの理解を促し土台を固めていきたいと思っています。
舟久保さんが講義で使用する資料
口腔ケアの発展のためにBOCプロバイダーとしてすべきこと
---今後BOCプロバイダーとしてどのようなことに取り組んでいきたいと考えていますか?
山本:今後は私たち自身の実践だけでなく、歯科との連携という視点を持って取り組んでいきたいと思います。歯科の介入があればともっと口腔環境がよくなるのに、とBOCを学んで改めて感じているので。高齢者施設では虫歯が放置されて歯がボロボロになってしまう傾向にあります。
コロナ禍もあって外部機関の方が施設に入りにくい状況ではあるものの、歯科も内科と同じくらい重要であることを管理者にも理解してもらいたいですし、その一歩をどう踏み出せばいいか悩んでいるところです。
また、家族も上手に巻き込んで「こういう歯ブラシを買ってきてください」とお願いしたり、「こんなことに取り組んでいます」と伝え、一緒に変化を感じられるような関係を築いていきたいと考えています。
日高:介護士さんたちの口腔ケアに対するとらえ方が最も重要だと思うので、時間はかかるかもしれませんがそこへの介入を進めていきたいですね。私1人で実践していても限界があると感じるので、上手に介護士さんたちを味方につけていく方法を模索しています。
ごはんは食べられるけど歯みがきがない状態が1日続いたらどうなるかを想像できれば、利用者さんの視点にたてると思うんです。
「口腔ケアをやらなければならない」ということはわかっているので、そこからもう1つ先にある「自分たちのケアが利用者さんの心地よさや回復につながっている」というステップに進んでもらいたいと思います。 以前、重度認知症の方の口腔ケアが終わったあと、言葉は出ないのですが笑顔を返してくださったことがあって、とてもうれしい瞬間でした。これを日常にすべくBOCを広めていきたいですね。
一人ひとりが実践する口腔ケアが命を救う
誰もが知っていて実践しているにもかかわらず、その重要性や教育、エビデンスが十分現場に浸透していない口腔ケア。しかしその現状は、約1300人のBOCプロバイダーたちの実践知の拡散によって今後大きく変わっていくでしょう。それによって「口腔ケアで救える命」が増え、今後の口腔ケアのあり方を動かす力となっていくことが期待されます。 一方で、口腔ケアの実践が浸透し、患者さんの状態が改善されるなどすれば、収益増加やベッド回転率の上昇など、病院や介護事業者にとってもメリットがあるはずです。
まとめ
当記事では口腔ケア改革の最前線について、BOCプロバイダー4人の実践についてお伝えしました。超急性期病床、回復期病棟、介護施設、地域など、皆さまが勤務するさまざまなフィールドで口腔ケアの介入について考えるきっかけになればと思います。次回は口腔ケアの実践を推し進めることで得られる経営インパクトについて考えます。