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医療従事者のための会計入門Vol.2 ~キャッシュ・フロー計算書って何?~

執筆者:田村 泰地 ライター

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損益計算書や賃貸対照表、キャッシュ・フロー計算書といった言葉を皆さんも耳にしたことがあるのではないかと思います。いわゆる、決算書と言われるこうした会計関連の書面は医療法人でも当然作成されています。最近では、職種別の給料や賞与とその人数などの人的資本の情報も合わせて開示することが検討されており、決算書を読むことでより深くご自身の病院のことを理解できます。 決算書の中でも、損益計算書や賃貸対照表、キャッシュ・フロー計算書は特に重要とされ、財務三表と呼ばれます。損益計算書と貸借対照表については、前回「医療従事者のための会計入門Vol.1 ~貸借対照表・損益計算書って何?~」にて解説しましたのでご一読頂ければと思います。今回は、財務諸表の残りの一つであるキャッシュ・フロー計算書の解説をします。

キャッシュ・フロー計算書はなぜ必要?

キャッシュ・フロー計算書は、病院の資金状況を明らかにするために、一会計期間における取引方法ごとに入出金の内容を記載し集計したものです。詳しくは後述しますが、「営業活動によるキャッシュ・フロー」、「投資活動によるキャッシュ・フロー」、「財務活動によるキャッシュ・フロー」から構成されます。

前回の記事において、貸借対照表は病院の財政状態を示し、損益計算書は経営成績を示すとご説明しました。これらだけでも十分ではないかと思われる方もいるかもしれません。なぜ、キャッシュ・フロー計算書は必要なのでしょうか?それは、貸借対照表や損益計算書では病院の資金繰りの状況を把握することができないためです。

具体的に説明すると、貸借対照表は期末日時点で病院が保有する資産や負債を示すもののため、期末日時点での資金の金額は分かりますが、1年間で資金がどのように増減したのかは分かりません。また、損益計算書では、1年間の病院の経営成績は分かりますが、この経営成績は、資金の流れとは無関係に収益や費用を取引の発生時点で認識するため、利益(=収益-費用)と現金・預金の残高は一致しません。

例えば、患者が医療機関で診察を受けた場合、基本的には医療費の3割を医療機関に支払います。仮に1万円の医療費で3割の3,000円を支払ったとすると、病院のキャッシュ・フローは3,000円増加します。

一方、損益計算書では、その3,000円を「現金・預金」という勘定科目で収益に計上するのに加え、残りの7割(7,000円)も「医業未収金」という勘定科目で収益に計上するため、収益が10,000円増加したと記録します。そして、その「医業未収金」が実際に回収されるのは、審査支払機関による確認等を経るため、2〜3カ月後となります。この期間、キャッシュ・フローと損益計算書は一致しないことになります。以上のお金の流れを分かりやすくまとめたものが、図表1となります。

 

図表1 医療機関が診療報酬を受け取るまでのお金の流れ
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(出典)公益社団法人 全日本病院協会

 

一般企業では、「医業未収金」に相当する「売掛金」を回収できなかった結果、損益計算書上は黒字なのに、資金が回らず倒産してしまう、いわゆる「黒字倒産」が起こることがあります。病院の「医業未収金」の請求先は、健康保険組合等の医療保険者が大半であるため、未回収となるリスクは一般企業に比べると低いものの、キャッシュ・フローと損益計算書は一致しない期間が長期に渡るため、やはり資金繰りには注意が必要です。その資金繰りを確認する手段が、キャッシュ・フロー計算書というわけです。

キャッシュ・フロー計算書の全体像

ここまで、キャッシュ・フロー計算書とは一体何で、なぜ必要なのかについて説明してきました。では、実際のキャッシュ・フロー計算書はどのようなものなのでしょうか? キャッシュ・フロー計算書の作成方法には、「直接法」と「間接法」の2種類があります。現在、国内では「間接法」を採用する病院が多数派です。

図表2と図表3はそれぞれ厚生労働省が公表している「直接法」と「間接法」の様式となります。 直接法は、収入や支出などの取引ごとにキャッシュ・フローを総額表示する方法です。なので、図表2の「営業活動によるキャッシュ・フロー」の部分には、「本来業務事業収入」などの項目が並びます。

一方、間接法は、キャッシュ・フローを伴わない項目を使って、迂回的にキャッシュ・フローを表示する方法です。なので、図表4の「営業活動によるキャッシュ・フロー」の部分には、「減価償却費」、「支払い利息」などの項目が並びます。

 

図表2 キャッシュ・フロー計算書(直接法)
キャッシュ・フロー計算書(直接法)

(出典) 「キャッシュ・フロー計算書原則」(様式例) 厚生労働省


図表3 キャッシュ・フロー計算書(間接法)
キャッシュ・フロー計算書(間接法)

(出典) 「キャッシュ・フロー計算書原則」(様式例) 厚生労働省

3種類のキャッシュ・フロー

キャッシュ・フロー計算書は3つのキャッシュ・フローで構成されます。

  1. 営業活動によるキャッシュ・フロー
  2. 投資活動によるキャッシュ・フロー
  3. 財務活動によるキャッシュ・フロー
についてそれぞれご説明します。

1.営業活動によるキャッシュ・フロー

営業活動によるキャッシュ・フローは、各病院の本業に関する収入・支出金額を示し、営業キャッシュ・フローと略されることもあります。具体的には、収入は入院・外来収益などで、支出はスタッフの人件費や医療器具の購入費用などです。

病院が安定的に存続し成長するためには、営業キャッシュ・フローがプラスである必要があります。というのも、営業キャッシュ・フローが慢性的にマイナスの場合、資産の切り売りや借入により一時的にしのげても、いずれは資金不足により病院の存続が問われる事態となるためです。

2.投資活動によるキャッシュ・フロー

投資活動によるキャッシュ・フローは、建設投資や固定資産の売買など本業で将来の利益や資金を獲得するための投資に関する収入や支出の金額を示し、投資キャッシュ・フローと略されることもあります。具体的には、収入は医療機器の購入に伴う国庫補助金などであり、支出は医療機器等の購入に関する経費などです。病院内に新たな施設を建設するなど大規模な投資が行われると投資キャッシュ・フローはマイナスになります。

3.財務活動によるキャッシュ・フロー

財務活動によるキャッシュ・フローは、医療機器の購入等に伴う新たな借入および借入金の返済に関する収入・支出金額を示し、財務キャッシュ・フローと略されることもあります。財務キャッシュ・フローがプラスの場合、新たな借入額が返済額を上回っていることを意味します。

各キャッシュ・フローを見る際の注意点

注意していただきたい点として、各キャッシュ・フローがプラスかマイナスかだけで良し悪しを判断するのではなく、その要因を分析することが重要であるということです。例えば、財務キャッシュ・フローに関して、戦略的な投資を行うために資金が必要であり借入をした結果プラスになっているのであれば問題はありません。一方、病院経営が上手くいかず、運転資金が不足しているなかで、資金調達をした結果プラスになっている場合、次に資金調達が上手く出来なかった時には、経営危機に陥る可能性があるため注意が必要です。

まとめ

今回は、財務三表のうち、Vol.1では扱わなかったキャッシュ・フロー計算書についてご説明しました。貸借対照表や損益計算書だけでなく、キャッシュ・フロー計算書も確認することで、お勤めされている病院の資金繰りも把握できます。黒字倒産を回避するためにも、是非ご確認頂ければと思います。

また、キャッシュ・フロー計算書には様々なパターンがあります(例:営業キャッシュ・フローはプラスであり、投資キャッシュ・フローと財務キャッシュ・フローはマイナスなど)。お勤めの病院がどのパターンに当てはまるのかを確認することで、現状資金繰りに困っているのか、将来の為に積極的に投資をしている時期なのかなど様々な情報を得ることができます。ぜひ本稿を参考に分析してみていたいだければと思います。

おわりに

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出典

  1. 「平成25年度厚生労働省医政局委託 ー平成25年度 医療施設経営安定化推進事業ー医療法人の適正な運営に関する調査研究 報告書」2023年7月28日アクセス
    https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/igyou/igyoukeiei/dl/houkokusho_h24.pdf
  2. 「これならわかるキャッシュ・フロー計算書 」本田直誉
  3. 「審査支払機関の現状と課題について」厚生労働省保険局 
    2023年7月28日アクセス
    https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000681120.pdf
  4. 「キャッシュフロー計算書」の公表について 仙台市立病院 2023年7月28日アクセス
    https://hospital.city.sendai.jp/info/%E3%80%8C%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%BC%E8%A8%88%E7%AE%97%E6%9B%B8%E3%80%8D%E3%81%AE%E5%85%AC%E8%A1%A8%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6.html
  5. 平成十九年厚生労働省令第三十八号 社会医療法人債を発行する社会医療法人の財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則 2023年7月28日アクセス
    https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=419M60000100038

目次

    執筆者について

    田村 泰地
    田村 泰地
    医大生。東京大学経済学部を卒業後、インフラ企業に勤務。財務省への出向時には論文を執筆し、日本経済学会で発表を行った。コロナ禍において医療従事者の方々が奮闘されている姿を目の当たりにし、医療は人々の命を守るインフラであると強く感じた。そして、医師としてそのインフラを支える一員になりたいという思いから医学部に入学し、日々医学の勉強をしている。
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