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【DXと医療機関:未来への架け橋】医療機関のDX成功の鍵:継続的改善とイノベーションの追求

執筆者:岩本修一 株式会社DTG 代表取締役CEO、おうちの診療所 医師、経営学修士

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 医療機関におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)を成功させるには、最新技術を導入するだけでは不十分です。成功の鍵は「組織と人材の力」です。

 本連載でこれまで取り上げた「採用」、「育成」、「評価」の各記事は、「DXを通じたこれらの活動の改善」に焦点を当てています。実は、これらの改善活動を通して得られるものは業務効率化だけではありません。DX人材の育成や組織変革のキッカケにもなります。「業務を整理し、DXで介入すべき場所を見つけ、適切なツールを導入し、業務フローを変革させる」という一連のDX経験を積むことで、組織や職員はDXを進めていくノウハウやスキルを得ることができるのです。「百聞は一見に如かず」ということわざが示すように、どんなに素晴らしいDXに関するセミナーや書籍から学んだ知識も、実際に自分自身で経験を積むことに勝る教育方法はありません。「経験」は、知識を深く理解し、実践的なスキルを習得する上で、欠かせない要素です。
 このように、DXの取り組みによって組織力を更に向上させ、次のDX活動の成功確率を上げることにつながるのです。

今回は、長期的にDXを成功に導くための「組織文化」と「人材育成」、そして、「イノベーションの追求」について解説します。

継続的改善の文化の醸成

 医療機関が長期的にDXを成功させるためには、継続的改善の文化が必要です。これは、職員一人ひとりが業務の中で改善の機会を見つけ出し、小さな改善を積み上げることで、組織全体のパフォーマンスを高めていく文化です。継続的改善の過程には、定期的に意見を出し合う場の設置や、改善案の試行錯誤を奨励する仕組みが含まれます。


 元々、医療従事者は継続的改善の姿勢を備えていると筆者は捉えています。医師や看護師、事務など医療機関で働く人たちは、目の前の患者さんに対して、どうすればもっとよい治療が提供できるのか、更に快適な環境を提供するにはどうしたらいいのかなど、心を尽くして考えています。しかし、個々人の持つアイデアは、複雑な承認プロセスや、行き過ぎたリスク回避の集団思考によって、棄却されたり、提案されることなく埋もれたりしているのが実状かもしれません。提案を一度や二度却下されるのはしかたないとしても、日常的に受入れられない状況が続くと、
「私の考えを進言しても変わらないのかもしれない」
「何を言っても無駄」
など、ネガティブな感情が湧き出てきて、継続的改善のマインドは徐々に抑制されていきます。

 

 たしかに、実際に患者さんの治療やケアに関わる部分では、大きな運用変更や突飛なアイデアをすぐに取り入れることは難しいです。医療機関は多職種の連携と連動で動いているので、一つの業務を変えるにしても、他の業務や工程に影響がないかをしっかり検討しなければならない組織です。医師にとっての省力化が看護師にとっての工数増加になったり、簡略化を目的に削除した情報が、患者安全に対してリスクになることがあったりするからです。では、そのような組織の中で、職員がDXの経験を積んでいくにはどうすればいいでしょうか?


 一つは、治療やケアに直結しない事務領域でDXのアイデアを試してみるのはいかがでしょうか?例えば、採用活動においては、応募者数・合格率・離脱率などの採用指標をモニタリングする基盤を整備した上で、新しい採用広報のアイデアを試しに実装します。その結果、採用指標に改善があれば、コストを考慮した上で本格導入を検討できるでしょう。アイデアを持つ人やそれに興味がある人をプロジェクトメンバーとして招集し、どの指標がどの程度変化があれば経営的に意味があるかを伝えた上で、目標達成に動くのです。
 患者さんに大きな影響を与えない、医療に対して大きなリスクを抱えなくて済むようなジャンルや分野から改善活動を行い、その活動の経験やノウハウを病棟や外来などのそれぞれの部署に展開していくやり方です。最初は、小さな改善をめざす提案を拾い上げ、それぞれの指標をモニタリングし、活動の成否を評価し、いいものを取り込み、悪いものから学んでいくようにするのです。

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 このように、自分のアイデアを試す場と、改善案の試行錯誤を奨励する仕組みを構築することで、継続的改善の芽が育ち、「継続的改善の文化」が醸成されます。職員一人ひとりが改善活動に参加しやすい体制をつくることで、組織全体として革新的な思考が根付き、DXの土台が築かれます。

組織的な人材育成

 次に、DXを推進するためには「組織的な人材育成」が重要です。DXを行うには、デジタルやデータの知識・技術を備えた「DX人材」が不可欠です。ここでいうDX人材とは、単に新しい技術に詳しかったり、ITツールを導入することができる人材ということではなく、ITや関連する技術を活用し、革新を生み出すことができる人材です。そのようなDX人材を育てるためには、組織全体での継続的な学習文化の確立と、個々の職員のスキルアップが欠かせません。

 生成AIやデータサイエンスなど、技術の急速な進化に対応するためには、職員がこれらに関連する知識を獲得し、スキルを習得する必要があります。これらを組織として支援するためには定期的な研修プログラムの提供や、オンライン学習の活用、メンタリング制度の導入が効果的です。


 現時点で、DX人材が当院に居ない、あるいは少ないと感じている医療機関は少なくないと思います。上記のように自分たちで育てるのは時間がかかるし、一見非効率なように考えられるかもしれません。しかし、DX人材を中途採用することの方が、多くの医療機関にとっては極めて難しいと言えます。DX人材、あるいはその素質を有しているデジタル技術やデータ分析のスキルを有した人材は、全産業からとても高い需要があり、各企業がより優秀なDX人材を確保しようと高待遇・高報酬で採用活動をしているからです。そのような採用市場の中で、診療報酬改定の都度に厳しい経営を迫られる医療機関が、競合他社に比べても遜色のない魅力的な条件を提供するのは容易ではありません。また、医療に関する知識を全く有していない人が、入職直後からDX人材として院内で活躍することも難しいでしょう。業界知識のキャッチアップや院内ルールの習熟、関係者との信頼構築など入職後に相応の時間を要すると考えるのが現実的でしょう。また、仮に理想のDX人材がいて、幸いにも採用することができたとしても、自院で能力を発揮させるための準備や環境がなければ、”勝手に活躍してくれる”ということは起こり得ません。ましてや、”即時に院内のDXが達成される”ことはないのです。


 つまり、DX人材の確保には、採用以上に「育成」が重要です。まずは既存職員の中からデジタルやデータを活用できるようにする人を育てていくことが肝要です。また、医療機関以外の人材を採用できたときには、自院で活躍するために医療的な知識の習得や自院の環境に適応させるために育てる必要があります。

「技術 ✕ 人の新しいカタチ」の追求

 「イノベーションとは新結合である」と言われます。全くの未知のものを生み出す「インベンション(発明)」と対比され、イノベーションは「あるものとあるものの新しい組み合わせ」から生まれるものであることを意味しています。

 医療機関のDXは、『人と人とが触れ合う対面的(アナログ)な仕事である「医療」を「デジタルやデータ」の技術と組み合わせて「職員の業務や働き方の新しい形」をつくる』というイノベーションです。この過程で、継続的改善の文化と組織的な人材育成が非常に重要な役割を果たします。日々の業務の中で改善した方がよい箇所を探していくこと、その改善活動を推奨すること、新しい知識や技術を学ぶことを支援することーこのような環境をつくっていくことで、イノベーションの芽が育っていきます。


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 医療DXを通して自院の業務や働き方の在り方を見直し、「技術と人の新しいカタチ」を追求することにより、医療機関は経営と組織を強化し、地域社会や患者さんへの貢献を拡大することができます。
これを実現するためには、より多くの職員がデジタルやデータの重要性を理解し、それを業務に積極的に取り入れる姿勢が必要です。例えば、電子カルテのさらなる活用、連携先や患者のデータベース化、生成AIを用いた業務支援ツールの導入など、様々なアプローチが考えられます。
職員個々の努力も必要ですが、より根本的には「組織として取り組んでいくこと」が必要不可欠です。これを実現するためには、経営層から現場スタッフまでが一致団結し、共通の目標に向かって進むための組織内コミュニケーションと協力が欠かせません。変化への不安や抵抗を軽減するためには、変革の利点を明確に伝達し、全スタッフの理解と支援を確実に得ることが大切です。


 DXの成功に向けて、実践上のポイントをお伝えしてきました。実際には、最善の準備をしたとしても、挑戦の過程で失敗を経験することもあるでしょう。しかし、DXは失敗を次の成功につなげるための方法論です。DXの組織的活動を通じて、環境変化に適応できる組織力を蓄えていくことができるでしょう。
 そのようにして、医療機関のDXは、医療の質向上、労働生産性の向上、そして、地域との関係強化に大きく貢献するように、設計・実行することが求められています。

※本記事は、公益財団法人大原記念倉敷中央医療機構 臨床医学研究所 医療機器開発部 部長補佐 犬飼貴壮さんと名古屋市客員起業家 木野瀬友人さんにアドバイスを得て執筆しております。

まとめ

最終回の今回は、長期的にDXを成功に導くための「組織文化」と「人材育成」、そして、「イノベーションの追求」について解説しました。

おわりに

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    執筆者について

    岩本修一
    岩本修一
    株式会社DTG 代表取締役CEO、おうちの診療所 医師、経営学修士。
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