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おいしく・楽しく・安全に。「食」を守る摂食・嚥下チーム医療とは?

執筆者:湊 かおり 看護師ライター

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「食べる」「飲む」という行為は、食べ物を認知することから始まります。

 

食事をするとき、私たちが必ず行うのは「摂食・嚥下」という過程です。食べ物を認知してから口に運び、飲み込んで初めて、体内に栄養が取り込まれます。摂食・嚥下がうまくいかないと、低栄養をはじめ誤嚥のリスク、食の喜びの喪失に繋がります。低栄養状態は、フレイル(加齢により心身が虚弱の状態になること)を加速させる要因になります。高齢化が進み、健康寿命が重要視されている現代社会において、食を通じてフレイルの予防をすることも重要です(1)

 

食事は人間が生活するうえで医学的・心理社会的に大切な意味を持つものです。摂食・嚥下機能が保たれてこそ「おいしく・楽しく・安全に」食事を楽しむことができます。

患者さんの食をサポートするためにさまざまな役割を果たしているのが摂食・嚥下チームです。

 

本稿では摂食・嚥下チームの役割についてご紹介します。

摂食・嚥下機能の重要性

摂食嚥下機能5期

 

摂食・嚥下には以下の5つの過程があります。

  1. 認知期:食べ物を認知する
  2. 口腔準備期:食べ物を口に入れて、飲み込みやすいように咀嚼をする。唾液と混ぜ合わせて食塊を形成する。
  3. 口腔期:食塊をのどに送り込む
  4. 咽頭期:ごっくんと飲み込む
  5. 食道期:食道に入った食塊が蠕動運動によって胃まで運ばれる

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この5つの過程の中で器質的または機能的に障害されると、気管に入ってしまいむせる、食道へ入っていかず喉に残ってしまう、というような症状が現れます。原因としては、脳卒中やパーキンソン病などの神経や筋肉の病気、あるいは舌・咽頭・喉頭がんなどがあります(2)

経口摂取の維持を目指す

食事の支援をするうえで大切なのは、患者さんができる限り口から食べることです。経口摂取は、身体にさまざまな良い影響をもたらします。

経口摂取が身体に及ぼす良い影響

  • 脳が活性化される

経口摂取は、食べ物を見る視覚、匂いを嗅ぐ嗅覚、味わう嗅覚などが刺激されます。さらに、咀嚼と嚥下によって生じる感覚刺激が脳に伝わり、脳の働きが活発になります(3)

 

  • 消化管のはたらきが活発になる

食事により視覚・嗅覚が刺激されると、食べ物を摂取する前から唾液・胃液・膵液が分泌されます。また、胆汁が十二指腸に流入し、消化の準備が始まります。食べ物が胃に入るとさらに消化が活発になり、消化管がよくはたらくことになります。

経口摂取をしないことによる障害

  • 口腔内の環境が悪化する

人は、食べ物を見たり匂いを嗅いだり、咀嚼をすることによって唾液の分泌が促進されます。経口摂取をしないことで引き起こされるのが、唾液の分泌量の低下と、口腔内の乾燥です。すると、自浄作用が低下するため、口腔内の感染リスクが上がります。

  • 精神的な満足感が欠如する

「食べる」という行為は人にとって、生きる喜びのひとつであり、大きな楽しみです。経口摂取をしないとその快楽が失われることになるため、精神的なストレスとなります。

「おいしく・たのしく・安全な」食事を実現

食事の持つ意味は、栄養摂取、精神的な満足感、コミュニケーションの場、文化的要素など多くあります。これらはすべて、人間の生活にとって大切な要素です(4)

 

そこで摂食・嚥下機能に支障をきたすと、低栄養、脱水、誤嚥などの医学面の問題だけではなく、食べる喜びの喪失という、心理社会面での問題も起こります(5)。患者さんが身体的・精神的に満足した食事を実現するためには、以下の3点がポイントです。

  • おいしく

「おいしい」という感情は、心地よく、あたたかな幸せをもたらし、満足感を伴います(4)。摂食・嚥下機能が上がると、食べられる物の種類や量が増えます。食べ物への関心が深まり、食感や味を感じる力が向上することによって、より「おいしい」という感覚を得られるようになるでしょう。患者さんの嗜好に合わせて形態や食事内容を工夫してもよいかもしれません。

  • 楽しく

摂食・嚥下機能が低下していると、食事に対して何らかの抵抗を持つことになります。食事に対する苦痛や不安が減ると、食事自体を楽しむ余裕が生まれます。本来、食べることは基本的欲求の1つであり、生活における楽しみです(4)。人との食事の時間は社会的な意味を持ち、満足感も上がります。

  • 安全に

摂食・嚥下機能が低下している患者さんにとって脅威となるのが、誤嚥やむせ込みです。誤嚥性肺炎は命に関わり、治療の中断や全身の機能の低下を引き起こします。摂食・嚥下機能に対する適切な介入により誤嚥のリスクを減らし、患者さんが安心して食べられることは大前提です。

 

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摂食・嚥下機能チームとは?

目的・対象

摂食・嚥下機能チームの対象となるのは、摂食、咀嚼、嚥下機能に障害のある患者さんです。症状としては、食事をするとむせる、飲み込みづらい、咀嚼が難しい、食事をするのに時間がかかる、などです。欠如している機能を維持・改善し、患者さんの栄養摂取や食べる楽しみを取り戻すことを目指していきます(6)

活動内容

摂食・嚥下機能に障害のある患者さんに対してまずは検査を行い、主治医と共に機能の評価とリハビリテーションを考えていきます。現状では摂食嚥下機能に問題がなくても、リスクのある患者さんに対しては検査を行い、誤嚥性肺炎などを起こさないように予防的に介入していきます。定期的にチームでラウンドすることで、多職種の視点から、患者さんの摂食・嚥下行動をアセスメントし、食事をサポートしていきます。

栄養サポートチーム(NST)との連携

摂食・嚥下障害のある患者さんは、経口摂取のみでは必要なエネルギーを摂取できないことが多いです。そのため、消化管に問題のない患者さんに対しては経腸栄養法を実施して栄養管理を行うことになります。しかし、当然ですが最良の栄養管理方法は経口摂取であり、患者さんの最終目標です。NSTと連携しながら摂食・嚥下機能の予防や改善を図り、患者さんの経口摂取を促進していきます(3)

チームを動かす主要メンバー

主要な構成メンバー

診療報酬上の構成メンバーは、医師、歯科医師、看護師、言語聴覚士、作業療法士、理学療法士、歯科衛生士です。それぞれの職種についてご説明します(6)

  • 言語聴覚士

≪「噛む」「飲み込む」の支援≫

言語聴覚士は、摂食・嚥下機能に関してチームのキーパーソンとなる存在です。言語聴覚士は「話す」・「聞く」・「食べる」の支援を主に行う専門職ですが、摂食・嚥下チームにおいては、この中の「食べる」の部分を重点的にアプローチします。摂食・嚥下にまつわる認知機能、口腔・咽頭機能、嚥下機能などを評価し、障害されたもの・未発達のものに関して、その機能を回復・獲得するための訓練をしていきます。

 

≪個々人に合った食の提案≫

患者さんの摂食・嚥下能力を超えた食事を出してしまうと、むせ込みなどを引き起こし、誤嚥性肺炎のリスクが上がるため危険です。言語聴覚士は、患者さん一人ひとりの現状を評価し、症状に合わせた具体的な食事形態(普通食・きざみ食・とろみ食など)の提案をします。食事は生活の一部であり、その支援には患者さんの家族を巻き込むことも大切です。患者さんとその家族にも、病態や食べ方の指導を行います。

  • 医師

耳鼻咽喉科やリハビリテーション科の医師がチームの統括役として、患者の全身状態の管理、リスクマネジメント、検査や治療方針の決定を行います。摂食嚥下機能を下げている症状があれば、医学的な側面から、原因検索としての検査、治療、機能改善に努めます。

  • 歯科医師

摂食・嚥下機能においては、咀嚼や口腔機能などが関わるため歯科分野も重要な役割を果たします。歯科医は歯科治療という視点から検査・治療方針の決定を行います。状況に応じて、実際に口腔ケアの実施や指導、嚥下の補助装置の作成なども行います。

  • 歯科衛生士

摂食・嚥下障害により経口摂取が難しくなると、唾液の分泌が減少し、口腔内の感染リスクが高まります。歯科衛生士は、患者さんの口腔内の衛生状態を観察し、食事摂取状況を評価していきます。患者さんの口腔内の状態に応じて、専門的な口腔清掃や指導をします。

歯科衛生士による専門的な介入は、誤嚥性肺炎などの予防において一定の効果があることがわかっています(5)。歯科の視点からみた食べ物の食べ方・噛み方を通した食育支援も重要です。

  • 作業療法士

≪食べるための姿勢や動作の支援≫

作業療法士は、食べるための姿勢保持や、食べ物を口に運ぶまでの動作の獲得を目指します。神経や筋肉など他の機能に障害がある場合、筋肉強化などの間接的な訓練も行います。患者さんの全身状態に応じて自助具の製作・開発を行ったり、福祉用具を持ちながら食べるための指導をしたりもします。

 

≪「その人らしさ」を維持するための工夫≫

食事は生活の中で、毎日欠かさず訪れるイベントです。作業療法士は「このように食べられるようになりたい」「これを食べたい」などの、患者さんの希望を重要視して介入を考えていきます。患者さんらしさを維持できるように工夫しながら、食の楽しみの獲得に努めます。

  • 理学療法士

理学療法士の役割は、主に摂食・嚥下に関わる姿勢と身体的機能の評価・訓練です。食べるためには、嚥下が円滑に進むように適切な姿勢を取り、それを維持しなければ食事が継続できません。適切な姿勢の獲得、食事を完了できるまでの体力や耐久性の向上を目指して、患者さんと訓練を行っていきます。また、呼吸機能が低下していると、呼吸困難や疲労感などから、食事摂取量が減ると言われています(3)。そのため、呼吸の指導も同時に行います。

  • 看護師

≪日々の全身状態の観察≫

看護師は日々患者さんの食事摂取状況や栄養状態など、全身の観察を行っています。他職種と情報交換を行いながら患者さんに合った食形態、体位、食事の摂取方法などを考えます。食事摂取状況を観察するポイントは主に、摂取量や時間、誤嚥の有無などです。

 

≪食事介助や口腔ケアの支援≫

日常のなかで、患者さんに食事介助や口腔ケアを実施します。また、口腔内保清のための基本的な指導も行います。食事や口腔ケアは毎日何度も訪れるイベントです。看護師が中心となり、チームメンバーやスタッフ間で、食事介助方法や手技の情報共有を行います。

その他参画可能な職種

  • 管理栄養士

管理栄養士は、患者さんの栄養状態の評価、水を含む必要栄養量の検討、経腸栄養剤の選択、嚥下訓練食の調整、食事形態の評価、栄養食事指導などを行います。嚥下機能に関しては他職種と共に食形態を検討していきます。

  • 薬剤師

薬剤師は、嚥下機能の障害に応じて錠剤の大きさや剤形(粉薬、液剤、貼付剤など)の変更を考えます。必要があれば、嚥下反射を促す薬物治療を医師と協議することもあります。

  • 臨床心理士

臨床心理士の役割は摂食嚥下の問題がなぜ起こっているのか、心理的な側面から評価をすることです。たとえば、認知症がからむ場合は現在の認知障害を心理検査をし、適切な支援につなげる必要があります。また、食に関する問題は、患者さんにとって喜びや快楽の喪失にもなるため、患者さんやその家族の苦悩に対して話し、聴き、心理的サポートも行います。

  • 診療放射線技師

放射線技師は、摂食嚥下の機能を正確に診断するために、嚥下造影検査を行います。

キーパーソンは言語聴覚士

言語聴覚士という専門性

リハビリテーションの方針やリスクの管理を最終的に行うのは、医師と歯科医師です。しかし、食事は患者さんの日常の中にあります。患者さんの食生活を見るうえで要となるのが言語聴覚士の存在です。

 

本来、言語聴覚士は「話す」「聞く」「食べる」の3つのスペシャリストです。口腔・咽頭・食道・呼吸器・脳のはたらきなどの幅広い知識をもっています。摂食・嚥下の分野に関しては、「うまく噛めない」「うまく飲み込めない」という患者さんの症状に対して、起きている問題の本質や発現のメカニズムを明らかにします(7)。また、医師・歯科医師による専門的な検査にも参加しており、言語聴覚士がいることによって、より根拠あるリハビリテーションプログラムを実施することができます。

摂食・嚥下アプローチの実際

食べるためには、姿勢や咀嚼・嚥下などさまざまな過程が必要です。言語聴覚士は以下のような要素をもとに、経口摂取を進めていきます(4)

  • ポジショニング

それぞれの姿勢の特徴を理解し、患者さんの症状に応じた姿勢を選択することが重要になります。

  • 嚥下体操

食事前の準備体操として行うと、誤嚥やむせ込みを防ぐことができます。リラックスして行うことがポイントです。

  • 食事形態の選択

摂食嚥下障害のある人が安全に嚥下できるように工夫した食事を「嚥下調整食」といいます。ゼリー食やペースト食、ソフト食など、病院によって種類はさまざまです。言語聴覚士は、「おいしさ」と「安全」を可能な限り両立できるように、患者さんの能力に合わせて最適な食事形態を考えます。

  • 食べ方の工夫

食べ方を工夫するだけでも、誤嚥の防止やむせ込みを減らすことが可能です。たとえば一回量の調整で言うと、多すぎると咽頭に残ったり誤嚥の危険性が高まりますが、少なすぎると嚥下反射が起こりにくくなってしまいます。量や食事のペース、食べる順番などを患者さんに合わせて工夫することで、食事における負担を軽減します。

 

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多職種の視点を最大限活かすために

丁寧な情報共有が必須

  • リスク回避

摂食・嚥下の訓練には、誤嚥や窒息のリスクがあります。これらは生命の危機と直結するため、患者さん・スタッフ共に不安や恐怖を抱くことも多いです。リスクを恐れずにチームアプローチを行うためには、その日ごとの患者情報の共有、食事摂取状況や食事内容の確認、適切なアセスメントが必要になります。多職種がそれぞれ、誤嚥に伴う症状を理解し、兆候があれば医師にコンタクトができる体制を作っておくことも大切です。

  • 統一した対応

多職種によって起こる対応のばらつきは患者さんを混乱させ、信頼を失うことになります。多職種ごとの専門性によって患者さんを見る視点は少しずつ異なります。そのため、タイムリーな患者情報や知識の共有、介入方法の確認は必須です。情報共有用に、患者さんのベッドサイドに食事情報を書いたボードを作成したり、とろみの具合を毎回一定にするための粘度調整表を共有したりすると良いでしょう。

患者の心理面にも注目

治療期にある患者さんが治療を完遂できるかどうかは、体力維持と気持ちのコントロールが大きな鍵を握っていると言われています(4)。食に関する問題は体力面・精神面ともに影響を受けるため、心理的アプローチにより患者さんのモチベーションを保つことも必要です。看護師や作業療法士、臨床心理士などは、主に心理面のサポートをする職種とされていますが、食事は患者さんの日常生活のなかにあり、患者さんの心身の状態はその時々で変化します。そのため、介入する多職種すべてが患者さんの心理面にも着目し、チームで共有することが重要です。

まとめ

食事という行為は、身体的な機能や口腔衛生、心理面などのさまざまな要素によって成り立っています。チームメンバー各々の専門性を活かして協働することで、患者さんの「おいしい・楽しい・安全な」食事へつながります。NSTやリハビリチームと合わせれば、より患者さんの状態に寄り添った支援に近づきます。チームの力を発揮するには、患者さんの情報や目標を丁寧に共有しながら進めていくことが大切です。

おわりに

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出典

(1)厚生労働省:健康寿命に向けて必要な取り組みとは?100歳まで元気、そのカギを握るのはフレイル予防だ

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou_kouhou/kouhou_shuppan/magazine/202111_00001.html

(2)KOMPAS:摂食嚥下障害のリハビリテーション

https://kompas.hosp.keio.ac.jp/sp/contents/000270.html

(3)東口髙志.NSTの運営と栄養療法 栄養管理の基本とチーム連携.医学芸術者.2006

(4)狩野太郎・神田清子.「がん治療と食事 治療中の食べるよろこびを支える援助」.医学書院.2015

(5)矢ヶ崎香.「サバイバーを支える看護師が行うがんリハビリテーション」.医学書院

(6)福原麻希.チーム医療を実現させる10か条‐現場に学ぶチームメンバーの心得‐.中山書店.2021

(7)一般社団法人 日本言語聴覚士協会 https://www.japanslht.or.jp/what/

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    執筆者について

    湊 かおり
    湊 かおり
    神奈川県在住の看護師ライター。慶應義塾大学看護医療学部を卒業後、県立病院でがん看護を経験する。脳脊髄液減少症を患ったことをきっかけに、ライターの道へ。現在はときどき自律神経失調症専門クリニックで働きながら、執筆をメインに活動している。「病気でも看護を諦めない」をモットーに、自身の闘病体験もブログ発信中。
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