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「保健医療2035」に向けた基本理念と3つのビジョン

執筆者:髙橋 茜 フリーライター

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急激な少子高齢化や医療技術の進歩など、日本の医療を取り巻く環境は大きく変化しつづけています。そうしたなかでも、保健医療が果たすべき役割、実現すべき価値は「健康長寿の実現」です。

2015年に厚生労働省は「保健医療2035提言書」を公表しました。これは日本の保険医療を取り巻く環境の課題を解決し、すべての人が安心して活躍しつづけられるような保険医療システムを実現するために、20年後の2035年を見据えて作ったビジョンです。
「高齢社会の先進国」ともいえる日本がどのように先陣をきって課題を克服するのかに対しては、国際社会も注目しています。

ターゲットである2035年までの”折り返し地点”が近づくなか、本稿では、あらためて 「保健医療2035提言書」を読み解き、日本における保健医療の問題を整理しつつ、今後必要な対策とその方法論などについて、全4回にわたって考えていきます()。

初回は、保健医療2035提言書の基本理念と、2035年に向けた3つのビジョンを説明していきます。

2035年をターゲットとした理由

「保健医療2035」の目標は「人々が世界最高水準の健康、医療を享受でき、安心・満足・納得を得ることができる持続可能な保健医療システムを構築し、わが国及び世界の繁栄に貢献する」ことです。

ターゲットとして2035年が設定されたのにはいくつかの理由があります。

ひとつには先を見据えたビジョンが当時存在していなかったことです。保健医療の改革には、中長期にわたる継続した努力が必要とされていますが、2025年に向けた地域包括ケアシステムの実施以降、将来を見据えたビジョンが存在していませんでした。

また、2035年頃までには、団塊ジュニアの世代が65歳に到達し始めることも予期されていました。実際、内閣府の「令和4年版高齢社会白書」によると、2021年10月現在の65歳以上の人口は総人口の28.9%を占めており、2035年には32.8%となり、国民の約3人に1人が65歳以上となると推計されています()。こうした人口構造の変化にともなって、保健医療のニーズは多様化しリソースも増大することは容易に想像がつくでしょう。

さらに、イノベーションのサイクルは一般に20年程度と言われています。すると、20年後の2035年には、保健医療に関する技術は大きな進歩を遂げていると予測されます。 介護などの関連サービスだけでなく住まい、地域づくり、働き方と調和しながら機能する「社会システム」とするためにも、保健医療におけるパラダイムシフト(価値観の変化)が必要と考えられたのです。

以上のような観点から、2015年のビジョン策定時から20年後の2035年が一つのターゲットとされました。

2035年保健医療の基本理念

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具体的なビジョンをお伝えする前に、ビジョンの実現に向けたシステムの構築や運営を進めていくにあたっての基本理念を3つ、それぞれ説明していきます。

公平・公正(フェアネス)

国民から信頼され納得されるシステムは、公平・公正な仕組みであることが求められます。
マイナンバー制度の導入も所得や行政サービスの受給状況を把握しやすくなるなど公平・公正な社会の実現への基盤づくりとなっています()。

「保健医療2035」では、
・短期的な維持・均衡だけでなく、将来世代も安心・納得できる
・職業・年齢・所得・家族構成によって健康水準に差を生じさせない
・サービス提供はサービスの価値に応じて評価する

といった公平・公正な仕組みを考えています。

自律に基づく連帯

健康は、日常生活の中で、一人ひとりが保健医療における役割を果たすことによって実現されるべきとされています。
“病気になったから病院に“という意識から、日常生活の中で各自が健康づくりを行い、なるべく病院に行かなくてもいいような社会環境を整えるという考えです。

ただし、個々の自立のみに依存した健康寿命の実現はないため、
・自らの健康を向上させるための主体的な判断や選択ができる環境が整備される
・ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの土台が崩れないよう目配りする(
・透明性と説明責任が確保された住民が主体的に参加できる地域の保健医療システムの運営

といった必要十分な保健医療のセーフティーネットの構築と保健医療への参加を促す仕組みづくりが大切と考えています。

日本と世界の繁栄と共生

保健医療は、人々の健康増進のみならず高付加価値サービスであり、社会の持続可能性を高める面で、わが国の経済・社会システムの安定と発展に寄与します。

保健医療システムが有効に機能することは、
・健康上の不安による勤労への悪影響や生産性の低下を防ぐ
・新たな付加価値をもたらすサービスや商品開発、インフラの整備などの進展を促す
・地域経済における雇用機会の維持・拡大が可能となり財政にも好影響を与える

といった貢献につながり、「健康先進国」として世界のイノベーションを積極的に取り組み国際社会との協働の下で、平和と繁栄の中で矯正できる政界を構築すると考えています。

2035年に向けた3つのビジョン

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ここまで「保健医療2035提言書」が作られた背景や、目標達成のための基本理念を紹介してきました。
ここからは、2035年の保健医療が達成すべき3つのビジョンを紹介していきます。

リーン・ヘルスケア ~保健医療の価値を高める~

世界最高水準の持続可能な保健医療システムを構築するためには、「より良い医療をより安く」を目指すことが、これからの保険医療システムを考える上で重要となります。

日本では、患者中心の医療を提供するために、医療機関の経営陣、医師、看護師、技師などが一体となってプロセスの改善に取り組んでいます。

2035年に向け、患者やスタッフの声に耳を傾けて質量重視に切り替えながら、限られた財源をできる限り効率的・効果的に活用し価値の高いサービスを低コストで提供できるようにすることは医療現場のストレス軽減、患者満足度の向上などの効果が期待できるとされています。

ライフ・デザイン ~主体的選択を社会で支える~

個人の健康を社会やコミュニティで支え、個人を取り巻くさまざまな環境を改善し、多様性を認め互いを尊重する健康なライフスタイルが「日常」として定着することが重要となります。

健康は、個人の自助努力のみで維持・増進できるものではありませんが、現在の保健医療ではサービスの選択肢やそれを選ぶための情報が極めて限られています。

2035年までには、個人がより豊かな人生を送るための環境整備が求められ、保健医療がその実現をサポートする役割を果たすことが期待されます。

グローバル・ヘルス・リーダー ~日本が世界の保健医療を牽引する~

感染症の封じ込めや災害時の支援などに貢献する機能も強化した保健医療システムを創り、「世界の健康危機管理官」としての地位を確立することが重要となります。

エボラ出血熱やパンデミックインフルエンザ、COVID-19の例を見るまでもなく、疾病には国境がありません。

システムを国際展開していき諸外国に信頼され、協力・連携する「保健医療の世界リーダー」として貢献することは、諸外国の保健医療水準を向上させるだけでなく、日本の保健医療の向上や経済の成長に繋がります。

まとめ

今回は、保健医療2035提言書の基本理念、2035年に向けた3つのビジョンを整理しました。
まだターゲットである2035年まで10年以上ありますが、COVID-19などで新たな問題に直面している中、ビジョンを実現するには政策評価の枠組みに基づいてPDCAサイクルを継続的に実行することが不可欠の要素となります。
次回は、ビジョンを実現するためのアクションについて、具体的事例も交えながら紐解いていきます。

おわりに

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出典

(1)厚生労働省「保健医療2035提言書」 

https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000088647.pdf

 

(2)内閣府「令和4年版高齢社会白書」

https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2022/zenbun/04pdf_index.html

 

(3)総務省「マイナンバー制度」

https://www.soumu.go.jp/kojinbango_card/01.html

 

(4)厚生労働省「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000158223_00002.html

 

目次

    執筆者について

    髙橋 茜
    髙橋 茜
    東京都在住のフリーライター。商業高校卒業後、自動車業界にて経理・総務・システム開発など多岐分野の業務を経験。会計・ITに興味を持ち、連結会計ソフトウェアの開発・導入・コンサル・アウトソーシングを手掛ける企業へ転職し、15社以上の企業を担当する。難病である持病の悪化をきっかけに退職した後、ワーホリなどを活用し1年かけて20か国以上を旅する。帰国後RPA開発も携わるが、現在は、財務経理業務を続けながらライターとして執筆活動中。
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