デジタルトランスフォーメーション(digital transformation: DX、詳しくは後述)は、2020年代の日本において重要なトレンドです。それは医療機関においても例外ではありません。DXは、情報を瞬時に共有し、効率的な業務運営を可能にし、患者の治療成績を直接的あるいは間接的に改善する可能性を有しています。医療機関が直面する多くの課題を解決するための鍵としてDXやデジタル化が注目されています。
本連載では、医療機関の組織・人事におけるDXやデジタル活用に焦点を当て、その活用例や活用方法を紹介するとともに、どのような効果があるかについて説明します。第1回となる今回は、総論として「医療機関におけるDX」を解説したいと思います。
DXとは
DXには統一された明確な定義はなく、広義のDXという言葉の中には、デジタイゼーション、デジタライゼーション、狭義のDX、と大きく3つの意味が含まれています。DXを議論する場合は「今はどのDXについて論じているのか」を明確にすることが必要です。
本連載では、DXを「デジタル技術やデータを活用して、経営と現場をラクにする取り組み」としてお話しします。これは、単なる”システムの導入”ではなく、対象となる業務と業務フロー全体について最適な形を構築していくもので、組織全体の働き方を変革することを含みます。
組織・人事のDX
ここでひとつ、DXの導入例をみてみます。医療機関では「新入職員が仕事で悩んでいる」「◯◯さんが辞めたいと言っている」「あの部署とこの部署の連携ができていない」など、組織・人事に関する問題が日々発生しています。それらの問題を発見し、解決して、診療や組織運営を前に進めていくことが管理職や経営者の大きな役割の一つかと思います。
従来の組織では、課題の「発見」と「解決」のそれぞれの場面で、属人的な能力や運に支えられてきた状況があります。例えば、勘の良い師長やよく報告してくれる部下によって問題が発見される、院長の勘と経験で問題を解決する、などです。もしくは、「離職が多い」など、特定の事象をキッカケに、外部の専門家に原因分析や解決を依頼することもあるでしょう。
この場合、「察しがよく、問題提起をよくしてくれる人」や「いつも問題を解決してくれる人」が何らかの理由でいなくなったら、急に課題発見と解決のサイクルが回らなくなってしまいます。また、日常発生する細かな問題が山積した結果、組織運営に大きな影響を及ぼすような根深い問題になってしまうことも考えられます。このような重大な問題ついて本質的な解決を目指すとき、その原因を解明するために、現場の職員へのヒアリングやアンケートなどの現状把握から始めなくてはならず、前処理だけでも多大な時間と労力がかかってしまうということもあります。
そこで、組織・人事にDXを導入することがこれらの解決の糸口になります。デジタル技術を使って、普段から問題の前兆やヒントとなるデータを人の手を介さず収集しておくと、それらのデータを人力でやるよりもずっと簡単に加工することができます。そのため、定期的なモニタリングも可能ですし、データとして入力されている分析も容易です。導入したデジタル技術によっては、数分で分析までできるでしょう。これにより、組織・人事における課題発見がこれまでよりも格段に簡単になり、日常的に行えるようになります。問題を早期発見することにより、解決までの難易度を下げると同時に、スピードもより速くなります。
つまり、「勘と経験だけに頼る組織・人事」から「勘と経験に加えて、データも使える組織・人事」になることを目指します。もちろん、従来どおり、人の勘や経験は活かしていきます。その依存度を下げるのがDXなのです。
医療機関におけるDX
では、なぜ医療機関でDXを進めていかなければならないのでしょうか。それは、人材不足があるからです。
日本全体として、生産年齢人口が減少傾向にあり、企業と同様、医療機関においても今後ますます人材採用は難しくなっていく見込みです。地域によってはその傾向はより顕著になります。
また、労務管理の適正化や働き方改革の影響もあります。医療機関でこれまで許容されてきたようなサービス残業や不適正な労務管理は社会的に是正され始めています。残業削減や適正な勤怠記録、労務管理を進めるとすれば、現職の従業員の総労働時間は今よりも一定程度減らさなければいけなくなるでしょう。少なくとも、今より少ない人数(時間)で今と同じ仕事量をできるようにしなくてはいけません。
医療機関に勤務する方のバーンアウト(燃え尽き症候群)も問題となっています。実感として、この20年で医療機関の業務密度は上がってきているように感じます。患者への同意確認や病状説明、施設基準のための研修、進展する医学のキャッチアップなど、医療の高度化や患者の関わり方の変化とともに現場の業務負担は増えてきています。一部、人材確保やワークシフト人材に診療報酬や補助金がついているものの、業務量増加分を考慮すると相対的に忙しさは増しています。そのような中、休職や退職などで忙しい環境から離脱する人も増えており、労働環境の適正化は採用・定着においても重要事項となっています。
このように、人材不足を背景に、「足りない分をどう補うのか」「今より少ない人数でどのように業務をおこなうのか」の解決策として、DXがその主軸として据えられています。
新技術や新サービスの登場
一方で、デジタル技術の分野では今までにない革新的な技術やサービスも続々と生まれており、これらの中には医療機関でも十分に活用できるものが増えています。
まず挙げられるのが「生成AI(Generative AI)」です。昨今話題となっている「ChatGPT」も生成AIの一つです。生成AIは、この1年で急激に進化し、かつ今もなおとどまることなく続いています。あまりに急速な進化スピードのため、ユーザー側のキャッチアップが追いつかず、そのパワーをまだ十分に活かしきれていないのは筆者だけではないと思います。
今後、MicrosoftがExcelやPowerPointに生成AIを内蔵することもニュースとなっていました。私達が日常的に使っているシステムの中で、生成AIを自然に使えるようになれば、利用率は急上昇し、生成AIを使うのが当たり前となるでしょう。
生成AIの利用に関して特に気になるのは、これまで比較的高度なスキルとされていた情報整理、執筆、分析、グラフ化、論点整理などの作業で活用されることです。人間が生成AIを使いこなすことによって、これまで多くの時間を要していたことを大幅に短縮できるようになるかもしれません。
生成AIの他にも、さまざまな技術やサービスが生まれ、医療機関でも利用が広がれば、よりよい医療とよりよい職場をつくるために活かすことができます。
今回は、医療機関でのDXについて説明しました。次回は「採用」をテーマに、DXと医療機関の事例を紹介します。
※本記事は、倉敷中央病院医事企画課係長 犬飼貴壮さんと名古屋市客員起業家 木野瀬友人さんにアドバイスを得て執筆しております。
おわりに
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