「パデル」、と聞いてスポーツだと浮かぶ人は多くないかもしれません。日本ではまだ歴史が浅く、競技人口も少ないマイナースポーツではありますが、次期オリンピック種目候補として注目を集め始めています。
パデルとは、テニスとスカッシュを混ぜ合わせたようなラケットスポーツで、スペインでは幅広い年齢に広く親しまれています。実は、2021年11月にカタールで開催された世界選手権の日本代表に1年目の助産師が参戦しました。助産師とアスリートの両立を目指す彼女の生き方から、医療×スポーツの可能性を探ります。
写真提供/一般社団法人日本パデル協会
パデル 日本代表/助産師 小澤琴巳さん
医療者におけるパラレルキャリア
世界に羽ばたけない?!アスリートナースの現実
都内の大学病院で助産師として新生児病棟で勤務する小澤琴巳(おざわ・ことみ)さん。パデル日本代表選手というもう1つの顔を持っています。世界で戦えるスキルを獲得した彼女は今、パデルで海外に挑戦するか、助産師の経験を積むか、助産師との両立に向け新しい環境に挑戦するか、自身の今後のあり方に悩み、心揺れています。
大学1年生の時にパデルと出会い、競技を始めたのは大学3年生。もともとテニスの経験があったことからパデルとの親和性が高かったこともあり、どんどんその魅力に引き込まれ、努力の甲斐あって大学3年生で日本代表に選出されました。実習や国家試験対策もやりながらの練習でハードな毎日でしたが「一生懸命努力したことが結果として結びついた」ことが素直にうれしかったと振り返りました。
COVID-19の感染拡大による大会中止
世界戦デビューが決まったものの、COVID-19の感染拡大により試合は中止に。国内でも、コロナ禍で練習場所が利用できなかったり、医療従事者の1人として行動を自粛したりと、心身ともに制限される日々が続きました。
そんな状況下でも看護師・助産師2つの国家試験に合格し、晴れて助産師としてのキャリアがスタート。新生児や産後の家族のケアに日々充実感を覚える一方で、常に頭の片隅にあるのは「世界で戦い挑戦したい」という想いでした。
試合中、相手の次の動きを予測し瞬時に対応する
大学病院で働く助産師×アスリートの前例を作れ!
1年間の空白を経て2021年11月にカタールで世界選手権が開催されることになり、小澤さんは出場の意思を固めました。しかし、病院組織に属する1人として、病院の許可と周囲の理解なしに出場することはできません。「実際、コロナ禍であるが故に海外での試合をあきらめざるをえない環境に向き合う苦悩があった」と振り返ります。
前例のないケースであったことから承認されない可能性が高まりましたが、周囲の支援と粘り強い交渉によって出場が叶いました。
とはいえ、家族以外との会食や、不要な外出を避けるよう言われている医療従事者が多い中、練習に出かけたり世界選手権に遠征する小澤さん自身も葛藤があったといいます。「人はさまざまな価値観を持っていますし、今振り返れば冷静になって考えられますが、当時の私にとってはこれまでの人生とこれからを考える上で大変な選択でした」と胸の内を明かしました。
現場が、挑戦を応援してくれるサポーター
また、世界選手権出場にあたり、隔離期間を合わせ3週間以上仕事を休むことから、職場のスタッフに小澤さんの活動について公表されました。病院も大変な状況下にあった上に、1年目という立場もあり、言いづらさがあったものの、彼女の挑戦をとても応援してくれるサポーターであることがわかり、不安は喜びに変わりました。
「特に、先輩がこれまでの仕事に真摯に取り組む姿勢を認めてくださったことが一番嬉しかったですね。仕事でも他のことでも、何かに挑戦する良さを共有してくださり、仕事とスポーツを両立することが自信や安心につながりました。」
それまでの「何かのスポーツをしているらしい小澤さん」という噂は、「日本代表として世界選手権に出場する小澤さん」という真実となり、職場の人たちからのエールを背にカタールへと旅立ちました。
カタールでの世界選手権、女子チーム一団での記念撮影
医療従事者がスポーツ選手と両立することの意義を問う
世界選手権の結果は14位と、悔しい結果に終わりました。
しかし、
- 身体も心も整える準備の大切さ
- 判断力や分析力を高める環境を自ら創ること
- ブレない自分軸と信頼関係の大切さ
この3つの課題を得ることができたことから、今後はこれらのスキルを獲得し、人間的にさらなる飛躍を目指したいと小澤さんは話します。
「世界大会という人生の一つのイベントを通して、自分の強みと苦手を認識することができ、自分のやりたいことや目標が新たに明確になったので、社会人としての在り方や今後の人生の切り開き方がとても楽しみになりました。」
とはいえ、コロナの影響で病院の体制が日々変化したり、同僚や先輩がコロナ病棟に支援へ行き人手が足りない現場を見ていながら、自身が医療現場から抜けたことに関しては、多くの葛藤があったと振り返った小澤さん。
「悩んだ末に最後は自分の意思で大会に出場するかどうか選択し、多くの方の協力と理解があって出場が叶いました。日本チーム全員が無事に帰国できて安心している一方で、その意義に関しては私の中で答えが出せずにいました。」
そんな中で感銘を受けたのは、看護師でありボクサーでもある津端ありささんが、さまざまな葛藤の中で両立を選択し走り続ける強さでした。そこにスポーツの大会に医療従事者が参加する意義があるのではないかと小澤さんは感じたと言います。
仕事ができないことへの葛藤と、今後について考えた隔離期間
医療職が故に、帰国後の隔離期間も一般企業に勤務する選手と比べて厳しく設定されました。万が一にも小澤さん自身がきっかけになりクラスターが発生するような事態があってはなりません。
インタビュー中は隔離期間真っ最中で、「病院の敷地内に立ち入ってはいけない」という条件下にある小澤さんは、住まいが病院の寮であることから帰宅できずにいました。今後海外遠征がある際はコロナによってかなり状況が左右される現実。リモートワークができない仕事であるため、何もできないもどかしさを感じる一方、全人的に人に寄り添いケアをするという素晴らしい仕事の幅を広げられる可能性を探りたいと話していました。
一方で、隔離期間を今後について考える時間や新たなスポンサー探しの時間ととらえ、パソコンを手にオンラインでたくさんの人に会う機会を作るなど、今だからこそできることに積極的に取り組んでもいました。
助産師アスリートが考える、医療×スポーツの可能性
女性のヘルスケア増進、健康増進と地域コミュ二ティ形成に関わりたい
前例のないキャリアにさまざまな葛藤や難しさも感じている小澤さんですが、パデルを始めたからこそ、医療×スポーツが持つ可能性に気づけたことも多いと言います。
- スポーツの世界に入ってみたからこそ気づいた、スポーツ選手が抱える身体的な悩みやメンタルヘルスについて、助産師として女性のライフステージにそれぞれ生じる出産、育児、月経、不妊などの悩みに寄り添い、性別を問わずヘルスケア増進に関わりたいと考えていること。
- また、誰もが気軽に始められるパデルは、健康増進と地域コミュ二ティ形成に有効だと考え、自分も選手として活躍するだけでなく、”助産師×パデル”でコラボしてできることもあるのではないかと模索していること。
医療者にとって、スポーツの場が「サードプレイス」に
加えて小澤さんは、パデルに限らず、医療従事者がスポーツを自身の生活に取り入れることも薦めたいと話します。
- オン・オフの切り替えをしやすく、常に緊張状態を強いられる医療現場から離れスポーツをすることで、頭が整理されたりストレス解消や解放感にもつながること。
- スポーツの場が、医療従事者にとって職場でも家庭でもない、第3の居場所「サードプレイス」となれること。
- 特に看護師は、患者さんの代弁者であり患者さんを第一に考えつつ、常に時間と闘いながらPDCAを繰り返し、瞬時にアセスメントと必要なケアを行う仕事であり、スポーツをすることでその判断力や忍耐力はより磨かれること。
助産師アスリートの道には今後も多くの困難が予想されますが、「できそうでできない部分が魅力」というパデルのように、1歩ずつ切り拓いていくエネルギーを持つ小澤さんなら、新たな助産師のフィールドを切り拓いてくれるに違いありません。助産師の道とパデルの道のそれぞれの目標と夢を叶えるために、これからも奮闘が続きます。
皆さんの職場にもアスリートナースが当たり前にいる未来は近いかもしれません。
日本代表メンバーと練習中のひとコマ
まとめ
近年、スポーツだけではなく、さまざまなジャンルで活躍し、パラレルキャリアを実践している医療者達を見かけます。医療だけでも大変な世界ですが、多角的な視野をもち、医療業界に新たなイノベーションを起こす、原動力になっていただきたいですね。
おわりに
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出典