皆さんは十分な睡眠をとることができているでしょうか?
医療・介護従事者が避けては通れない夜勤。夜勤の大きな悩みの一つ、それは睡眠の問題です。医療従事者は不規則な勤務体系が多く、体調を崩してしまう方も珍しくないですね。近年では、睡眠に特化したクリニックや外来が増加しています。夜勤勤務者に限らず、睡眠は私たちにとって身近な問題のようです。
私たちは人生の1/3を眠って過ごしています。睡眠でしっかりと休息をとることは、生きいきと生活していくうえで必要不可欠です。心身の回復は、私たちの健康だけでなく、レジリエンスやモチベーションの向上にもつながるでしょう。
本稿では、睡眠の質を高める生活習慣についてご紹介します。
理想の睡眠とは?
「睡眠負債」を溜めない生活
「睡眠負債」という言葉をご存じでしょうか?
睡眠の研究者のなかでは、睡眠が足りていない状態を睡眠負債と表現します(1)。睡眠不足が蓄積していくと、まるで借金の自己破産のように深刻な健康問題を引き起こすからです。睡眠負債は気づかぬうちに溜まっていきます。それにも関わらず、解消するのには時間がかかるのです。そのため、普段から睡眠負債を溜めない生活を送ることが大切になります。
サーカディアンリズムを守る
理想的なのは、毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起床することです(2)。サーカディアンリズムは睡眠パターンや質を左右していますが、それだけではなく、飲食の時間やメンタル、体温や代謝など、命に関わるさまざまな体の働きをコントロールしています。サーカディアンリズムを守った生活をすることは、人間がパフォーマンスを維持・向上するために必要な条件であると言えるのです。
眠り始めがカギ
一番重要なのは、「最初のノンレム睡眠の深さ」と言われています(1)。なぜなら、入眠後すぐに出現するノンレム睡眠は、一回の睡眠のなかで最も深いからです。どんなに長く眠ったとしても、はじめの90分間が上手くいかないと、睡眠全体に悪影響を及ぼします。反対に、眠り始めの90分をしっかり眠ることができれば、短時間でも効率よく回復することができるのです。
最低でも6時間
ショートスリーパーでない限りは、最低でも6時間の睡眠が必要です(1)。マシュー(2)の研究によると、6時間以下の睡眠で本来のパフォーマンスができる人は、ゼロに等しいと言われています。しかし一方で、睡眠時間が長すぎる人は死亡率が上がることもわかっています(3)。理由は諸説ありますが、疲れを取ろうと寝だめをしてしまう方は注意が必要です。最低限の睡眠時間を確保しつつ、本人がすっきりと目覚めることを大切にしたいですね(4)。
医療・介護従事者の睡眠事情
睡眠に不利な勤務形態
夜勤のある方は、強制的に睡眠リズムが乱れることになります。夜勤の日は、決まった時間に休憩が取れるとは限りませんし、場合によっては夜通し起きていることも珍しくありません。これは理想の睡眠とはかけ離れた生活です。不規則勤務をしている医療・介護従事者は、睡眠障害を引き起こすハイリスク群と言えます。
溜まり続ける睡眠負債
一般的に人間は、睡眠パターンが変わると適応するのに苦労します。ある研究結果によると、40分の睡眠負債を取り戻すには、14時間の睡眠を3週間続けなければいけません(1)。不規則な勤務によって溜まり続ける睡眠負債。当直明けに通常勤務をする医師は、心身の疲労も積み重なるばかりです。休日の休息だけで回復するにはとても時間が足りませんね。そのため、普段から睡眠の質を高める工夫が重要になるのです。
睡眠障害が体に及ぼす影響は?
身体面
睡眠障害は生活習慣病の罹患リスクを上げます(5)。医療・介護従事者に特に多いのが、交代制勤務による概日リズム障害。体内リズムの乱れは、さまざまなホルモンに悪影響を与えます。その結果、不眠症状だけでなく、肥満、糖尿病、高血圧を引き起こすことに。また、夜勤はメラトニン(生体リズムの調整、性ホルモンの役割などを持つ)の分泌を減少させることから、乳がんをはじめとする発がん性もあります。
精神・心理面
睡眠は脳の休息も担っています。不足すると集中力や感情にも障害を与え、うつ病や自律神経失調症の原因に(5)。ある研究では、看護師の睡眠障害はバーンアウトやエンゲージメント、ワーカホリックと関係があることがわかっています(6)。その他にも、仕事のパフォーマンスの低下、ヒヤリハットなど、組織面にも影響を及ぼします(7)。不規則勤務の代償は深刻です。これは他の医療従事者にとっても他人事ではありません。
睡眠の質を上げる5つの習慣
ポイントとなるのは、深部体温(ヒトは眠っている時、深部体温が下がる性質があります)、脳の興奮、自律神経のオン・オフです。では、この3つがどのように質の良い睡眠生活につながるのでしょうか?
①眠りを妨げるものを取り除く
・就寝前のブルーライト
睡眠リズムを整える鍵のひとつが「光」です。寝る前につい、パソコンやスマートフォンのチェックをしていませんか?ブルーライトを浴びると、脳が活性化し興奮状態になります。同時に深部体温も下がりにくくなるため、眠りを妨げてしまうことになるのです。
・過度のアルコール
アルコールには催眠作用があります。しかし、量が多いと逆効果。レム睡眠・深いノンレム睡眠を妨げます(1)。また、飲酒は利尿作用や脱水、二日酔いなども引き起こしますね。睡眠を阻害するだけではなく、翌日のパフォーマンスを下げる要素も多いです。
・夕方以降のカフェイン
夜勤の必須アイテムとも言えるカフェイン。完全に身体に残らなくなるまでにかかる時間は、8時間程です。夜ぐっすり眠りたい方は、夕方以降の摂りすぎには注意しましょう。
・寝る前の激しい運動
皆さんの中には「仕事おわりはジムでトレーニング!」という方もいるかもしれませんね。しかし時間が遅くなりすぎると、交感神経が優位になり脳が興奮したままになります。また、運動をすると体温が大きく上がるため、深部体温の下がりも弱めることに。これでは休息モードに切り替えることが難しくなってしまいます。
②眠りを促す
・腹式呼吸で休息モードに切り替え
自律神経を自分の意思でコントロールできる唯一の方法が「呼吸」。腹式呼吸とは、吸うときにお腹を膨らませ、吐くときにお腹を凹ませて思いきり空気を吐く呼吸法です(8)。現代人は、仕事やストレスで緊張している時間が長いです。知らず知らずのうちに呼吸が浅くなっている人が多いのをご存じですか?腹式呼吸をすると副交感神経が優位になり、体が休息モードに切り替わります。疲れている時、緊張している時こそ「吐く」を意識してみましょう。
・アロマでリラックス
アロマには自律神経を整える作用があります。身体の緊張がほぐれ、心身ともにリラックスすることができます。良質な睡眠に効果的なのは、ラベンダーやベルガモット、ゆずなどの精油。もちろん、お好みで香りを選んでも日々の楽しみになりますね。
・少量のアルコール
度数が高く少量であれば、睡眠の質を下げずに寝つきが良くなることがわかっています(1)。アルコールがGABA(ギャバ)の働きを強め、入眠作用・リラックス作用をもたらすのです。GABAというのは、脳の興奮を抑える脳内物質のことを指します。お酒の好きな方は、量に注意しながら試してみたいですね。
③目覚めを良くする
・朝一番の日光
体内のリズムを整えるには、朝起きて日の光を浴びることが効果的です。睡眠の生体リズムを整えるメラトニンというホルモンを、自然に調整することができます。光を有効活用してみましょう。
・目覚めのコーヒー
適量のカフェインは覚醒を促すだけではなく、生活習慣病を予防します(1)。朝起きて光を浴び、自分でお気に入りのコーヒーを入れれば身体も脳もスイッチオンです。心にも余裕ができて、素敵な1日になりそうですね。
・朝食はよく噛んで
朝食には体内時計をリセットする役割があります。体温を上げ、1日を活動するためのエネルギーとなるために必要不可欠です。よく噛むことで脳に刺激が加わり、活動のスイッチを入れることができます。
④心地のよい環境整備
・温度・湿度
睡眠と覚醒のポイントは体温でしたね。適切な温度や湿度でないと、体に熱がこもり過ぎて寝苦しくなったり、反対に冷えて風邪をひく原因になってしまいます。
最近のエアコン、空気清浄機などは高機能化が進んでいますので、上手に利用しましょう。
・明かり
光を浴びるとスイッチがオンに働いてしまいます。特に夜勤のある方は、遮光カーテンを使用することがおすすめ。真っ暗にして、ぐっすりと眠れる環境にすることが大切です。
・自分に合った寝具
毎日使う寝具ほど、自分に適したものを使いたいものです。吸湿性が高く着心地のよい寝巻きや、身体に負担のかからないマットレスなど、自分のお気に入りを探してみましょう。
⑤オン・オフできる体づくりを
・ストレッチ
凝り固まった身体は血行不良を引き起こし、自律神経のスイッチングを妨げます。緊張が強まるため呼吸が浅くなり、睡眠の質も悪くなる、という負のスパイラルが起こるのです。ゆっくりと呼吸をしながらのストレッチは、副交感神経のはたらきを高めます(8)。これは、オン・オフの切り替えが効く体の土台づくりへとつながります。
・運動の習慣
長期的な運動習慣は寝つきをよくし、質の良い睡眠の時間が長くなると言われています(9)。おすすめなのは、ヨガやピラティス。この2つはストレッチとトレーニングの両方の要素を含んでいます。呼吸筋や体幹が鍛えられるため、疲れにくい体づくりに適しているでしょう。実際、習い事にしている医療従事者も多いです。最近では動画も充実しているので、お家でも気軽にできそうですね。
まとめ
十分な休息を確保することは、健康障害や医療事故のリスクを回避するだけでなく、集中力を高め、モチベーション・エンゲージメントの向上にも繋がります。質の良い睡眠は、心身の健康を守り、結果的として組織にも好循環をもたらすでしょう。睡眠習慣を見直して、より快適な生活を送ってみてはいかがでしょうか。
おわりに
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出典
(1)西野精治.スタンフォード式最高の睡眠.サンマーク出版.2017
(2)マシュー・ウォーカー.訳 桜田直美.睡眠こそ最強の解決策である.SB Creative.2018
(3)JACCSTUDY睡眠と死亡率
https://publichealth.med.hokudai.ac.jp/jacc/reports/tamaa1/index.html
2021.5.8アクセス
(4)睡眠リズムラボ大塚製薬/睡眠時間は何時間?
https://www.otsuka.co.jp/suimin/column02.html
2021.5.9アクセス
(5)厚生労働省eヘルスネット/睡眠と生活習慣の深い関係
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-02-008.html
2021.5.15アクセス
(6)論文:看護師の睡眠障害とバーンアウト、エンゲージメント、ワーカホリムズ
http://www.jsomt.jp/journal/pdf/064050260.pdf
2021.5.15アクセス
(7)日本看護協会/看護師の交代制勤務に関するデータ(交代制勤務のリスク)
https://www.nurse.or.jp/nursing/shuroanzen/jikan/pdf/shiryou-4.pdf
2021.5.15アクセス
(8)久手堅司.最高のパフォーマンスを引き出す自律神経の整え方.クロスメディア・パブリッシング.2018
(9)日経新聞:運動習慣は睡眠を若返らせる
https://business.nikkei.com/atcl/skillup/16/091500011/080400013/
2021.5.15アクセス