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医療安全の大きな役割を担う看護職,その特性と取り組みまとめ

執筆者:中澤 真弥 看護師ライター

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多くの医療施設ではインシデントに対して様々な手法で分析し改善策を立てています.しかしどんなに対策を立ててもインシデントはゼロにはなりません.


1999年に相次ぐ医療事故が発生したことをきっかけに,医療安全に対する技術や教育,管理体制等が整備されてきました.それまで医療事故は「あってはならないことであり,個々の注意で防ぐことができる」といわれてきましたが,医療事故が相次いだ背景を踏まえて2000年以降は「医療事故は起こりうることであり,それを防止するためにはチームや組織の在り方を改善する必要がある」という見方に変わりました[1].

とくに看護師は患者にとって最も身近な存在です.24時間看護ニーズに応え,日々変化する患者の病態や状況をアセスメントするため,インシデント/アクシデントを防ぐ役割があります.安心かつ安楽な看護を提供するためにも安全の追求,成果をあげていくことが求められています.


今回,医療安全の大きな役割を担う看護師の役割や特徴,取り組みについてご紹介します.

医療安全とは?

患者に安全な医療サービスを提供することは医療の最も基本となる部分です.ここでは実際にどのような特性や取り組みがあるのかご紹介します.

インシデント/アクシデントが起こりやすい看護職の特性

24時間365日患者に寄り添い直接的なケアを提供する看護職は,医療従事者の中で最も医療事故を発生させるリスクにさらされています.ハインリッヒの法則によると,一つの重大な事故の背景には,29件の軽微な事故が存在し,さらにその背後には300件の負傷を伴わない事故があるとされています[2].看護職のインシデント/アクシデントについては様々な角度から調査,分析がされています.なかでも,ストレス状況や職場環境,経験年数などはインシデント/アクシデントを繰り返し起こす要因とされ,病院で働く看護師では,6か月間のうちに1回以上起こす看護職の割合は6~10割あるといいます[3].とくに夜勤・交代制勤務,長時間労働による生活の乱れや疲労は,判断力,注意力,作業能力を低下させます.

頻繁な業務中断

患者の急変など緊急性の高い業務が立て続けに発生するため,頻繁に業務が中断し,断片的な業務を余儀なくされます.一つの業務に集中できない環境においては,頻回の中断によって業務が積み重なると自己の記憶に頼るだけでは危険です.人は時間と共に記憶が失われていくので,記憶ではなく記録をすることが大切です.またやむを得ずその場を離れるときは,その後に思い出す手がかりや業務の続きをほかのスタッフにも分かりやすく伝達するためにリマインダーとしてメモを残しておく必要があります.実際に名前が記載されている「業務中断カード」を使用し業務の混乱を防止する医療機関があります[4].

慢性的な時間切迫

1人で複数の患者を受け持ちながら,限られた時間内で多重業務を行うことが焦りとなり,ヒューマンエラーを招きやすくします.時間的な余裕がないため,優先順位をつけることも大切です.しかし新卒者の場合,時間がないというプレッシャーからパニックに陥りやすくなるため,心理面を配慮した支援が必要になります.

多重課題

日々多くの業務が重複する中,優先順位の判断を誤ると患者の安全を守れなくなります.医療現場では慢性的な人手不足を抱えており,時間的な余裕がありません.とくに看護職は複数の患者を受け持ちながら,ナースコールの対応,指示受け,ほかスタッフとの共同作業,家族対応など一度に多くの業務に対応しなければなりません.そのため優先度や順序構成を考えながら看護業務を遂行することが大切です.とくに新卒の場合,経験不足によって仕事の重要性の違いを見だせずにいることがあります.

看護職の特性を踏まえた看護管理の実践と教育

前述した3つの特性(業務中断,時間切迫,多重課題)を鑑みると,看護師がヒューマンエラーを起こしやすい環境下で働いているということは想像に難くありません.事実,増加傾向にある医療事故の報告も,その半数以上に看護師が関与していると言われています.看護職は患者に最も近い存在であるため医療事故の当事者になりやすい立場にあります.こうした看護業務の特徴から看護師が安心して働けるようシステムを整えていく必要があります.

安全文化の醸成

医療事故は突然起こるものではなく,組織全体に潜む危険が知らず知らずのうちに形づくられ発生するものだと言われています.事故を防ぐためには個人のレベルにとどまらず,チームや組織全体のレベルで改善し防止する必要があります.このとき,下記の4つの文化を醸成する必要があります[1].

報告する文化

報告する文化の定義には「潜在的な危険に直接触れる現場が,自らすすんで報告しようとする組織文化」とあります.インシデント報告は広く集めることに意味があります.報告がなければ安全対策が立てられません.報告数の多い施設では一見,失敗の多い危険な施設に感じますが,むしろ医療安全に対して積極的に取り組む意識が高いことを示しています.しかし,インシデントを起こした看護師は報告することに対して反省文や始末書など,ネガティブな捉え方をすることが少なくありません.インシデント報告書は個人の気づきであり,それを組織全体で共有することが目的になるため,自ら進んで報告するためのシステムを定着させる必要があります.

正義の文化

正義の文化の定義には「安全に関する正しい知識,情報をもとに許容できる行動とできない行動の境界を明確に理解し行動できる文化」とあります.意図的で悪意の感じられる不安全行動に対して厳しく罰する文化とされています.

柔軟な文化

柔軟な文化の定義には「急変時など状況に応じて,指揮命令系統が明確な階層型組織と迅速に対応ができるフラット型組織に組織が柔軟に再構成される文化」とあります.医療現場では患者の急変などイレギュラーな場面が多くあるため柔軟な対応が求められます.

学習する文化

学習する文化の定義には「正しい情報から結論を導き出す意思と能力,大きな改革を実施する意思を持つ文化」とあります.学習は,一人ひとりが自己研鑽に努めるだけでなく,組織全体が学び続けることが大切です.

医療事故発生時の対応

医療事故発生時はすぐに患者の生命および健康と安全を最優先に考え,各医療機関で行動することが原則となっています.そのためにも医療事故に対応できる体制や取り組み方の見直しを定期的に行う必要があります.また,医療事故発生時に迅速かつ冷静な行動が出来るよう,事故対応に関するチェックシートの活用や各医療スタッフへの緊急コールなどマニュアルの不足分も修正,追加を繰り返し定期的に見直していく必要があります[1].

初期対応

第一発見者はただちに患者の状況を確認し,患者の生命および健康と安全を最優先に考えた行動を求められています.日本看護協会では「医療安全推進のための標準テキスト」[1]として,下記の手順に沿った対応を推奨しています.

事故被害の最小化

まずは患者の状態を把握しリスクレベルの判断をするためのバイタルサインなど緊急に応じた行動を取ることが大切です.

事故発生直後の対応と報告

事故発生直後は「事実確認」「現場の保全」「報告」「緊急会議」が行われます.事実確認では正確な情報収集を,事故に関わったスタッフからできるだけ時系列に沿って確認します.また現場の保全と報告は同時に行います.医療施設で取り決められたルールに従い,医療安全管理者への報告を行います.使用した物品は動かさず,必要に応じて画像として保存し,証拠として残しておく必要があります.

医療事故発生時の記録

医療事故発生時は看護記録が証拠となる場合があるので,日常の記録も含め情報開示が求められることを認識しておく必要があります.

関係機関への報告と連携

関係機関への報告には,行政,警察への報告があります.また,産科医療補償制度などの活用として分娩に関連して発症した補償制度があります.

患者・家族へのサポート

医療事故直後は把握できた事実を過不足なく伝えます.医療事故が発生したことに衝撃を受けるとともにこれまでの信頼関係や状況の変化に伴い精神的なダメージを受けることがあります.そのため速やかに不安に寄り添った介入や支援を行う必要があります.

当事者・当該部門への対応

医療事故を起こした当事者は自責の念や自信喪失,不安,恐怖など様々な思いで混乱しています.こうした感情は業務の集中力を低下させ更なる第2,第3の事故を招いてしまう恐れがあります.そのためにも,事故発生直後はなるべく孤立しないように付き添い,落ち着いた環境にいることが出来るよう配慮します.また他スタッフも所属している部署での医療事故に動揺し不安を抱えている場合があるため,他の部署からの応援や通常業務を減らすなど,出来る限りの支援を行う必要があります.

患者・家族との対話の推進

医療事故は,患者やその家族の期待に反する行為であり,医療機関への不信感に繋がります.患者・家族と医療機関との間で生じた様々な問題や疑問などについて対話や意思疎通が円滑に行われることが求められています.その役割として医療対話推進者を配置するようになりました.また2012年に改訂された診療報酬では「患者サポート体制充実加算」が新設されました.

中期対応

中期対応では,事故が起こった原因について再発防止のための調査,分析,公表,再発防止の検討などを行います.

事故原因の調査・分析・公表

真相を究明するために原因,分析を行い再発防止に受けた取り組みが必要になります.また,客観的な調査を行うために第三者や外部からの専門家を含めた調査委員会も設置することがあります.好評の検討については今後の再発防止,安全性の向上を目的に医療安全管理に役立てること,また重大事故に関しては患者・家族,そして社会に対して示すこととしています.公表にあたっては厳重なプライバシーの保護に努めることが大切です.

再発防止等の検討と導入

再発防止については医療事故に関連した業務工程に潜んでいる危険要因を洗い出すことが求められています.再発防止策については特定の部署にとどまらず,組織全体にとって有効な対策が求められています.

中長期的な患者・家族への支援

患者・家族には初期対応後も誠意をもって対応し,関わり続けていくことが必要です.事例内容によっても違いはありますが家族間での変化が起こり,生活全体にも影響があることを理解しておくことが大切です.

中長期的な当事者への対応

当事者へのサポートには「社会情緒的サポート」「道具的サポート」があります.社会情緒的サポートでは,親しい人間関係にある人からの支えが必要になります.道具的サポートでは,心理的ストレッサーを与えるような業務を免除し,必要に応じて休暇をとるなどのサポートが行われます.

研修

医療安全に関する研修を行いますが,情報を開示する場合にはプライバシーの配慮が必要です.また,講義や演習,グループワークを取り入れながら再発防止に向けた教育を目指します.


継続的な医療安全教育

看護師は患者の最も近くにいる存在であり,患者に提供される診療補助行為の最終実施者になります.その分,医療事故の当事者になるリスクは高くなるので,看護職は医療安全に関する基本的な知識を学ぶほか,安全を確保するための具体策について習得していく必要があります[1].

看護職員全体を対象とした医療安全の研修

個々の看護実践の安全性を高める研修では,専門・認定看護師などを活用した他部門との連携が行われます.また安全確保に必要な知識,技術,実際に事故に遭われた被害者からの学びなど,様々な研修内容が網羅されています.

医療安全管理者教育

医療安全管理者は,医療安全の推進や多職種との連携を考慮し,職員教育・研修の企画,実施,実施後の評価と改善を行う役割を担っています.医療安全管理者の養成研修は病院団体や職能団体,学会などが主催しています.現在は自分の都合の良い時間帯にいつでも学ぶことができるe-ラーニングと集合研修を組み合わせたプログラムがあります.こうした継続的な学習と経験を積み重ねていくことが必要とされています.

看護管理者教育

看護管理者は看護師が安全に働くための看護管理活動の実践する役割をになっています.ほかにも看護サービス全体のマネジメント,医療安全管理が求められているので,医療安全教育を受けることが必須となります.その教育には,医療安全を推進,浸透を促すもの,医療事故が発生した際に適切な対応を行うことなど,看護体制を保持していくことが望まれています.

まとめ

医療技術の高度化に伴い,看護職の業務は専門分化し,現場で求められる役割は複雑化しています.医療安全に関する整備が進んだのは2002年以降と歴史は浅く,まだまだ課題はありますが,安全な医療を提供し続けていくためには職域を超えた医療チームはもちろん,組織全体での取り組みが必要になります.

おわりに

Epigno Journalでは,これからの医療を支えるTipsを紹介しています.ぜひご覧ください.

出典

  1. 医療安全推進のための標準テキスト,
    https://www.nurse.or.jp/nursing/practice/anzen/pdf/text.pdf,2020/10/29 アクセス
  2. 医療安全管理,https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/96/5/96_1024/_pdf,2020/10/29 アクセス
  3. 看護職がインシデント・アクシデントを繰り返す要因に関する 研究,https://www.jstage.jst.go.jp/article/kmj/66/4/66_279/_pdf,2020/10/29 アクセス
  4. 情報共有カード 第 1 弾 「業務中断カード」
    http://www.medical-bank.org/product_card.php,2020/10/29 アクセス
  5. 那須 淳子,大室 律子,「新卒看護師の看護ケア上の多重課題に関する実態調査」,日本看護学会論文集: 看護管理,38,95ー97. 

目次

    執筆者について

    中澤 真弥
    中澤 真弥
    看護師ライター.群馬県在住.フリーランスの看護師として働きながら,ライター,看護師ライター育成,大学,専門学校等で教員,講師など幅広く活動.また自らの経験を元に,看護師のワークライフバランスや働き方改革などについて発信中.著書『看護の現場ですぐに役立つ循環器看護のキホン』(秀和システム) ほか4冊.
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