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2024年に迫る、医師の働き方改革の要点は? 自己研鑽と残業代の扱いについて

執筆者:平野 翔大 産婦人科医/産業医/医療ライター

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2024年の施行が迫る、医師の働き方改革。 働き方改革関連法自体は2019年4月から適用が開始されていますが、建設・自動車運転・医師のみが「猶予期間」として5年が与えられました。しかし2024年もあと1年半後に迫り、具体像が決まりつつあります。実際に2022年診療報酬改定でも、医師の働き方改革に関する項目が評価されています。

しかしCOVID-19などに影響もあり、その取り組みが進んでいないのも現実です。医療機関で重要な業務を担う医師の働き方改革には、病院全体での取り組み、タスクシフティング、他業種の理解なども必要であり、2024年の施行に向けて早急な対策が必要になっています。

本稿では、医師以外の働き方改革にも触れつつ現状を整理し、今後必要な対策、その方法論などについて考えていきます。第1~4回で全体像・各水準について解説し、第5回では細かい項目として、「宿日直基準」と「応召義務」について解説しました。

今回はさらに「自己研鑽」「残業代」について解説します。

自己研鑽の扱いについて

勤務医の労働者性については、関西医科大学研修医事件において、研修医の労働者性が判断された際に言及されていますが、病院で勤務する場合は医師も労働者であり、他業種と同様に労働基準法などの規制を受けます。しかし時間外労働についてのみこの例外とされ、今回の医療法改正に基づく特例の規制・追加の健康確保措置が設けられたことを、これまで解説してきました。

しかし医師にはもう1つ、労働規制上の難しい問題があります。それが「自己研鑽」です。 医師は労働者であると同時に、高度専門職であり、研究開発や教育に従事するなど、「指揮命令系統に従って労働に従事する」という労働者の前提に該当しにくい業務が含まれ、かつその境目は曖昧です。「この業務は研究で、この業務は臨床、これは教育」と綺麗に切り分けることは多くの医師にとって困難でしょう。また患者に対する責任もあり、相当量の自己研鑽がなければ業務を適切に遂行するのが難しい側面もあります。

もちろん、研鑽や学習が必要な業種は多々ありますが、多くの業種でこのような研修・学習は勤務時間内で行われています。しかし医師は勤務時間外で学会参加や、ガイドラインの学習、手術の練習などを行う必要がある点、更には一定の研鑽で終えられるものではなく、継続的な自己研鑽が求められている点などは、特殊性があるといえるでしょう。

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本来、研究色が強い職業は業務時間と成果との関連性が必ずしも高くなく、時間給という制度自体がそぐわないと考えられるため、特例として労働時間規制の対象外とされています。例えば高度プロフェッショナル制度の対象業務の1つには、「新たな技術、商品又は役務の研究開発の業務」があり、いわゆる研究職の一部が該当します。専門業務型裁量労働制でも同様に、研究職が含まれています。

これらに該当すれば労働時間規制の枠組みからは外れ、労働者の自由度も高くなる反面、長時間労働のリスクも高まるため、休日の確保や追加の健康確保措置など企業の対応も求められています。

医師はこの制度双方の適応外とされています。大学で研究に主に従事する場合などは該当する可能性がありますが、臨床医・勤務医であれば基本的には労働者とみなされ、これまでに紹介した医師の働き方改革の枠組みで対応する必要があります。しかし例えば「医局にいて、患者の書類記載をしていた」のと、「医局にいて、自分の意思で手術の練習をしていた」のでは客観的に区別することは難しく、また手技の練習など、設備の都合で病院内でなければできない自己研鑽もあるため、場所で区別することも困難です。

このため、医師の研修時間該当性については、労働法制と別枠で「医師の研鑽と労働時間に関する考え方」(1)として、以下の基準を両方満たせば労働時間に該当しない(=自己研鑽である)と示されています。

  • 労働から離れることが保障されている状態で行われている
  • 自由な意思に基づき実施されており、使用者からの明示もしくは暗示の指示がない

まず「労働から離れることが保障」とは、当然所定労働時間外である必要があります。また“自己”研鑽であるため、自分の意思ですぐに終了することができる必要があります。例えば手術見学でも、「病棟から呼ばれたら(術者の代わりなども含め)行く必要がある」などという状況では、業務に従事することが求められているため、「労働から離れることが保障されている」とは言えず、労働時間に該当します。

2点目の「使用者からの指示がない」については、まず「業務・準備行為・後処理」に該当しないことが前提です。 外来の予習や書類作成などは当然、自己研鑽に該当しません。医療現場では以前より、看護師の業務前の予習などが労働時間外とされるなどがありましたが、これも当然に業務と扱われるべきです。着替えや片付けなども業務時間にカウントされます。

その上で、業務のために上司からの指示があったり、必要上認められる研修や学習についても、労働時間に該当します。例えば診療上必要な講習会や、病院で義務付けている研修会、e-learningの研修などは労働時間に該当すると考えられます。

以上に該当しなければ、例え院内にいたとしても自己研鑽という扱いになります。 基本的にこの判断は労働者側で行うものとされますが、上記に矛盾のない範囲であれば、労使間で取り決めを結んで予め決めておくのも問題ありません。また細かい事例については参考文献資料にも掲載されていますので、是非参考にしてみてください。

残業代について

医師の働き方改革の本筋ではありませんが、残業代についてもより厳密な取り扱いが求められます。 2023年4月から、これまで月60時間超の時間外労働の割増賃金が、中小企業でも最低25%から最低50%に引き上げられます。医療法人の場合、常時使用する労働者数100人以下が中小法人となるため、特に医師の働き方改革の影響を受ける医療法人は多くが大規模法人扱いかと思いますが、残業が多い法人には非常にインパクトが大きな話です。時間外労働が年間1860時間であれば月155時間に相当し、うち95時間分はこの割増賃金に該当することになります。

第1回でも触れましたが、今後は「労働時間の客観的な把握」による適正な管理が求められ、これによる残業代の計算が必要です。現在では院内での所在を把握するデバイスを医師が持ったり、出退勤を管理するなどで時間を管理する方法を取る病院もありますが、ここで注意が必要なのが「通算管理」「休憩時間」です。

まず「労働時間の通算管理」ですが、医師の働き方改革においては、主たる勤務先が、副務先での勤務時間についても把握し、合計の労働時間を管理しなければなりません。またこの際に、割増賃金の支払いも通算でカウントされるため、どの病院のどの勤務分が割増賃金になるのか、双方での整理が必要です。

例えば本務先で週40時間以上の労働が既に発生している医師が、他医療機関でアルバイトなどをする場合、そのまま考えればアルバイトは全てが時間外労働に該当し、割増賃金を払う必要が生じます。アルバイト先が割増賃金の全額を支払うのを回避するためには、本務先の所定労働時間をアルバイト先の労働時間分を引いて設定したり(たとえば週8時間バイトであれば、本務先の労働時間を週40→32時間にする)、本務先・アルバイト先それぞれの労働時間を決め、それぞれでその時間を超えた分を時間外割増賃金の対象として考える(たとえば「本務先32時間、アルバイト先8時間」と決めた場合、本務先の労働時間が40時間、アルバイト先が10時間だった場合は、それぞれが2時間分の割増賃金を支払う)などの整理をしておく必要があります。なお、アルバイト先を時間外労働扱いとした際に、アルバイト先の本体給を割増賃金分引いて計算する(時間外割増賃金込みの全体で所定賃金相当とする)のは、同一労働同一賃金の原則に引っかかる可能性があるので注意しましょう。

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また医療機関では固定残業代を採用しているところも少なくないですが、例え固定残業代で定められた時間以内だとしても、労働時間の把握はしなければなりません。固定残業代の範囲を超えた時間外賃金は払わなくてはなりませんし、範囲の中だとしても深夜・休日の労働があった場合、その分の割増賃金は別途払わなければなりません。また固定残業代の算定は基本給とは別に行われる必要があり、「基本給50万円(固定残業代含)」といった、曖昧な書き方は認められません。つまり固定残業代は、給与計算のオペレーションを簡易化する以上のメリットは薄く、特に通算の上ではオペレーション上もかなり面倒になりうる可能性があるといえます。

次に「休憩時間」についても考慮が必要です。労働基準法第34条において、労働時間が6時間を超える場合は45分、8時間を超える場合は1時間の休憩時間を、労働時間の途中に設けるように定められています。この休憩時間は従業員に一斉に与える必要がありますが、医療業界はこの規則の対象外とされており、シフト制などでずれる分には構いません。ただし分割しても休憩自体は適切に付与する必要性があります。医師は休憩時間が十分に確保されていない場合も多く、この場合労働基準法違反であると同時に、法人は該当する時間分の賃金を支払う必要が生じます。

医師は業務上、外来後にすぐ手術を行うなど休憩時間を取得できない場合も多いのが実情です。現在は労働時間管理なども十分に行われていませんが、今後管理が行われるようになる場合には、このあたりにも注意が必要です。また午前がバイト先、午後が本院というようなオペレーションの場合、この移動時間は根本的に労働時間として扱われず、したがって休憩時間として扱うこともできません。この点についても、どちらで休憩を取るのかの整理が必要になります。

まとめ

今回は話題となりやすい「自己研鑽」、そして意外と見落とされがちな「残業代」について整理しました。特に残業代は経理面にも関わり、年度途中での柔軟な制度変更は難しいため、あらかじめ自院、そして関わる勤務先でどのような扱いをするのか整理しておく必要があります。施行まで1年が近づいた今、実際の運用に向けて厚生労働省や労働基準監督署は前向きに様々な対応を行っています。各水準の適用申請の準備などと同時に、細かい運用に関する確認も行っていくのが良いでしょう。また今回ご紹介した資料のように、細かい部分の資料も厚労省の検討会などで出ているので、適宜確認すると良いと考えます。

またEpignoの「エピタルHR」では、今後この様な医師の働き方改革の細かい規制にも対応したHRソリューションを提供して参りますので、ご興味のある法人・担当者様はお問い合わせください。

おわりに

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出典

厚生労働省 医師の働き方改革に関する検討会, 「医師の研鑽と労働時間に関する考え方について」. 2018/11/19.
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000404613.pdf

目次

    執筆者について

    平野 翔大
    平野 翔大
    産婦人科医/産業医/医療ライター 慶應義塾大学医学部卒業後、初期臨床研修、産婦人科専門研修を経て、現在は産婦人科・産業保健に携わりつつ、医療ライターとしても活動。父親の育児/育休支援をライフワークとしつつ、女性の健康・睡眠・ヘルスケアベンチャーなど様々な活動に携わる。資格として健康経営エキスパートアドバイザー・AFP(日本FP協会認定)・医療経営士3級(登録アドバイザー)。
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